
アメリカへ帰る際、機内で読もうと思い双葉 十三郎の「外国映画ぼくの500本」を購入した。書店にあった彼の本はこれと「外国映画ぼくのベストテン50年」だけだった。後者も写真がいっぱい掲載されて面白そうだったが、値段が少し高かったので(1600円程度)、こちらにした(950円)。たかだか600円程度の違いですが…(笑)。でも読み始めたらこちらにして正解だったと思った。と言うのは、この本は2部構成になっていて、1部が1902年から1999年までに公開された作品で彼が選びぬいた500本の紹介。2部が「ぼくの小さな映画史」と題された、彼のちょっとした自叙伝で、この第2部がすごく面白かったのだ。この本、2003年に出版されたので読んだ方も多いかと思う。
私は彼の映画批評のスタイルが大好きで、日本にいた時は「ぼくの採点表」を読みたいだけの理由で「スクリーン」を毎月買っていた。映画好きのメンバーと一緒に映画の同人誌の編集、出版をしていた頃は、「ぼくの…」というタイトルで記事を書いていた。確か「ぼくの映画雑談」とかいうタイトルにしたと思ったが、もう忘れてしまった。
この第2部で私が面白いなあというか、彼もやっぱりそう思っていたのかと思ったのは、彼は30年代から50年代までが映画の黄金期。60年代から70年代は「リアリズム」への転機を迎え、それなりに秀作、傑作も輩出したが、80年代以降はいきづまりと表現していたことだ。そして「映画は20世紀で終わってしまった」といった表現もしている。(これは映画技法がもう出尽くしたという意味。)
実は私もフィルムノアールに傾倒してからは、40年代から50年代(もう少し広義でいうと30年代から60年代)の作品から抜け出せなくなってしまった。それは古き良き時代への憧れと、多少の落ち度も古い映画なら「あばたもえくぼ」で見られるのでと思っていたが、映画は60年代までにピークを迎えてしまったという彼の理論に思わず「納得」と思ってしまったのだ。
これはもちろん80年代以降に傑作がないという訳でなく、自分が本当に傑作と思える(完成度が高く、自分の好みに合った)作品が少なくなったということである。でもこの本は老若男女に楽しんでもらえるよう、80年以降の作品が極端に少なくならないように多少意識的に構成されているようだ。例えば☆☆☆☆(80点)の作品を落として、☆☆☆★★★(75点)の作品を載せたりとか。
自分が気に入っている映画で彼の採点が高いと、昔は本当に嬉しくなったものだ。私にとってみると、彼はもう聖域に達しているような映画評論家だったので、彼と意見が一致していると分かると、もうそれだけで(まるで神様から祝福を受けているような)何ともいえない境地に達していた。
この本を見ても私の超お気に入りの作品が数々見受けられて非常に嬉しくなった。以下はその例です。80年以降の作品で双葉式採点も参考までに。