今日、ちびすけどディズニーのウォーリーを見ました。
最初からそばに座って、場面場面に応じてちびすけに話しかけながら見たのは
初めてのことだったかもしろません。
最初の方は日本語というか言葉がなく、
ウォーリーたちの片言の単語や効果音だけ。
おさるのジョージや野菜の妖精のように
言葉ではない会話を想像させるやりとりのあるものに夢中になることの多いちびすけ。
それらに近かったのかもしれません。
最初一度“こわいからおしまいにする”と言ったものの
しばらくするとどんど夢中になっていきました。
イーファはどうしたの?どこ?
を繰り返しながら見続け、途中、私が夕食の支度に取りかかると、
“ハハとみたい”といい、にいにと一緒ではダメで、
一度映画を止め、夕食の支度が終わるまで待っていました。
私が座り、膝のなかに入って映画を見るちびすけ。
ウォーリーが壊れかけたとき、
“ウォーリー死んじゃうの?”と目から大粒の涙を流し、
最後、ウォーリーの願いがかないイーフィと手をつなげたとき
“手つなげてうれしいね、よかったね”と話しかけると
また涙を流しながら、“うん、よかったねぇ”とほほえんでいました。
物語を理解し、登場人物の気持ちを理解し、それに共感や感動する。
そんな心がちびすけの中に育っていたことに感動しました。