さくとしをふりかえり。
あけましておめでとうございます。
のらくろ者の僕は思い起こす脳内作業ものらくろで、はっきりいって阿呆な故、仕事が遅いのですが今年もよろしくおねがいします。
そんな具合でようやく昨年を振り返ってみようと、思いたったのだけれど。
はい。んで、なんつっても7月の三宅洋平選挙フェスが印象深く、転換期だった。
私事ですが、それまでバイトしていた会社を辞め、そろそろ旅に行こうと段取りをしている最中。昔からファンで、カッコイーよねと追っかけてた詩人で音楽家の三宅洋平が国政選挙に出るつーから、これは行かなきゃ。と勘が働き。行った。吉祥寺での彼の第一声を聞いてから旅に出よう。なんか良いスタートだと思ったのだ。
吉祥寺に着き駅を出たら、会場はすぐ近くでスタッフさん達がステージの準備をしていた。従来の選挙演説のそれとはちょと違う。それはまさにステージだった。
僕はバックパックを背負ったままステージ前の地面に無造作に腰掛けた。そこにはこれから始まる出来事、物語がここらか形成されていく、風の様なものを感じた。風の発生場所の様なもの。(風って目に見えなけど感じるでしょ)
そこに三宅洋平が表れた。キャップを被り半袖短パン履物は島草履。彼は胡瓜を無造作に持ち現場ステージを見ながら美味しそうに食べていた。その姿が自然天然でとてもなんかいいよねと思った。
そしてステージが始まった。彼の言葉を聞いたらば、やはり僕のココロは動かされユラリユラリ魂が都会の夕方の空に吸い込まれていく様に登っていくのを感じた。僕はあー!これは旅は一旦置いといてー。参加したいと思い、そうした。
その物語の最中。選挙フェス中に出会ったボランティア仲間も熱くて弾けるような笑顔をする人達がいっぱいいて、かなり面白かった。
今まで目を向けていなかった政治の部分にも自分達が生き心地良くしているスタイルを反映できるのではなかろうかとみんな思っているのだろうと感じた。
実際ビラ配りや交通誘導の際に目が合うとお互いウンウンと笑顔でうなずいていて、嗚呼彼等も普段から丁寧に生きているのだね。と思った。
勿論そのつきあいは今も続いている。全国にいる笑顔の素敵な仲間達の顔が思い浮かぶってなんて豊な事なのだろう。
選挙結果は皆様ご存知かと思うのでここには綴らないけれど、この物語で確実に種は蒔かれた。
その種を育て発芽させたり摘んだり花を咲かせるまで待つのは、この世界にいる色々な人々の裁量や思考と行動によるけれど。
僕はそれを大切に育てる。
それにより日ごと自分が成長するのを実感しているから。これは心と意識の財産だ。
芽が出て膨らんでー。花が咲いたらじゃんけんぽん。じゃあーなく。その花の種を拾い植えいつまでも続けていきたい。それは今は可憐な花かも知れないけど。あと何世代先にはきっと本当の意味で争いのない豊かないい感じの世界が出来ているといいなあー。
ある日。大昔の日記的な文献を読んだ時、それはある母の日記で、生まれた子供が感染的な病気(流行病)で次々死んでゆくのを目のあたりにし、なんて悲しい事だろう。何世代先にはこんな悲しい事が起こらないでほしい。と綴られてあった。
その千年位後つまり現代。その悲しい事象についてはほぼある程度、頑張って先人達僕達人類は克服してきたのではないだろうか。と僕は思った。実際、傷絶えない僕が今、生きているのだし。
やっぱ愛でしょ。
はい。そんな事を思っていて、このタイミングで昨年の読書納めは。
岡田 哲扶(著)「三宅洋平~選挙フェスのつくりかた」だった。
あの7月の物語がありありと冷静にときに情熱的に綴られている。
僕は脳内映像のスイッチが押され。グッときて涙腺を刺激された。
選挙なんてアレでしょ。ダサイんでしょ。面倒くせー。みたいな雰囲気というがあり、僕もこれまで思っていてけれど。それは違った。
音楽や芸術で世界は変えれると、表現者が皆が思った事を諦めないで続けている人が永田町にもいる事を想像していてください。なにより地球を考えた愛がある。
千年後の人達にも読んで欲しい。はっきりいって名著です
因みに仙台選挙フェスの項にチダ先輩の写真がありますよー。http://p.tl/NEMM
のらくろ者の僕は思い起こす脳内作業ものらくろで、はっきりいって阿呆な故、仕事が遅いのですが今年もよろしくおねがいします。
そんな具合でようやく昨年を振り返ってみようと、思いたったのだけれど。
はい。んで、なんつっても7月の三宅洋平選挙フェスが印象深く、転換期だった。
私事ですが、それまでバイトしていた会社を辞め、そろそろ旅に行こうと段取りをしている最中。昔からファンで、カッコイーよねと追っかけてた詩人で音楽家の三宅洋平が国政選挙に出るつーから、これは行かなきゃ。と勘が働き。行った。吉祥寺での彼の第一声を聞いてから旅に出よう。なんか良いスタートだと思ったのだ。
吉祥寺に着き駅を出たら、会場はすぐ近くでスタッフさん達がステージの準備をしていた。従来の選挙演説のそれとはちょと違う。それはまさにステージだった。
僕はバックパックを背負ったままステージ前の地面に無造作に腰掛けた。そこにはこれから始まる出来事、物語がここらか形成されていく、風の様なものを感じた。風の発生場所の様なもの。(風って目に見えなけど感じるでしょ)
そこに三宅洋平が表れた。キャップを被り半袖短パン履物は島草履。彼は胡瓜を無造作に持ち現場ステージを見ながら美味しそうに食べていた。その姿が自然天然でとてもなんかいいよねと思った。
そしてステージが始まった。彼の言葉を聞いたらば、やはり僕のココロは動かされユラリユラリ魂が都会の夕方の空に吸い込まれていく様に登っていくのを感じた。僕はあー!これは旅は一旦置いといてー。参加したいと思い、そうした。
その物語の最中。選挙フェス中に出会ったボランティア仲間も熱くて弾けるような笑顔をする人達がいっぱいいて、かなり面白かった。
今まで目を向けていなかった政治の部分にも自分達が生き心地良くしているスタイルを反映できるのではなかろうかとみんな思っているのだろうと感じた。
実際ビラ配りや交通誘導の際に目が合うとお互いウンウンと笑顔でうなずいていて、嗚呼彼等も普段から丁寧に生きているのだね。と思った。
勿論そのつきあいは今も続いている。全国にいる笑顔の素敵な仲間達の顔が思い浮かぶってなんて豊な事なのだろう。
選挙結果は皆様ご存知かと思うのでここには綴らないけれど、この物語で確実に種は蒔かれた。
その種を育て発芽させたり摘んだり花を咲かせるまで待つのは、この世界にいる色々な人々の裁量や思考と行動によるけれど。
僕はそれを大切に育てる。
それにより日ごと自分が成長するのを実感しているから。これは心と意識の財産だ。
芽が出て膨らんでー。花が咲いたらじゃんけんぽん。じゃあーなく。その花の種を拾い植えいつまでも続けていきたい。それは今は可憐な花かも知れないけど。あと何世代先にはきっと本当の意味で争いのない豊かないい感じの世界が出来ているといいなあー。
ある日。大昔の日記的な文献を読んだ時、それはある母の日記で、生まれた子供が感染的な病気(流行病)で次々死んでゆくのを目のあたりにし、なんて悲しい事だろう。何世代先にはこんな悲しい事が起こらないでほしい。と綴られてあった。
その千年位後つまり現代。その悲しい事象についてはほぼある程度、頑張って先人達僕達人類は克服してきたのではないだろうか。と僕は思った。実際、傷絶えない僕が今、生きているのだし。
やっぱ愛でしょ。
はい。そんな事を思っていて、このタイミングで昨年の読書納めは。
岡田 哲扶(著)「三宅洋平~選挙フェスのつくりかた」だった。
あの7月の物語がありありと冷静にときに情熱的に綴られている。
僕は脳内映像のスイッチが押され。グッときて涙腺を刺激された。
選挙なんてアレでしょ。ダサイんでしょ。面倒くせー。みたいな雰囲気というがあり、僕もこれまで思っていてけれど。それは違った。
音楽や芸術で世界は変えれると、表現者が皆が思った事を諦めないで続けている人が永田町にもいる事を想像していてください。なにより地球を考えた愛がある。
千年後の人達にも読んで欲しい。はっきりいって名著です
因みに仙台選挙フェスの項にチダ先輩の写真がありますよー。http://p.tl/NEMM