あめ まりあ
アヴェ マリアのことである。昔日本でキリスト教が弾圧されていたころの
アヴェマリア(江戸時代のカクレキリシタン時代)「あめまりあ」って言ったんだって。
他にも呼び方は色々あったみたいだけど、かわいいよね(^^)
この間開催された慰労会で、もっとアヴェマリアのこととか書いて欲しいと
リクエストがあったので書いてみようかな。
…とはいうものの、難しいんだよ。この手の文書をオモロく書くのは…。
アヴェマリアって簡単に言えばキリスト教のお祈りなんだよ。
マリアっていうくらいだからマリア様に捧げる祈り。宗教曲。
テキストの日本語訳は下記の通り。
「恵みあふれる聖マリア 主はあなたと共におられます。
主はあなたを選び祝福し あなたの子イエスも祝福されました。
神の母 聖マリア 罪深いわたしたちのために
今も死を迎える時も祈って下さい。 アーメン。」
キリストの受胎告知のシーンを想像してください。
マリアさまが天地創造の神様に選ばれて、
天使からのお告げを受けて、処女ながらに身体に宿すんです。
しかも、神様の子を。カトリックでは無原罪の御母とか呼ばれます。
新宿の母ではないよ(寒)
キリスト教では人は罪を持って生まれて来ると考えられてます。
それが原罪。
神は地を創造された時、
神様そっくりに造られた人間を作られました。
それがあの有名なアダムとイブ。
そのふたりには神様との約束がありました。
「絶対あの木なっている木の実を食べてはならない」
という約束。
でも、ヘビに
「その実を食べると頭が良くなる」とそそのかされて、
神様から食べてはいけないといわれていた
その木の実を食べてしまった故に、神様は人に産みの苦しみを与えられ、
超極楽的楽園(エデンの園)から追放されてしまったわけです。
そして、ヘビはそれ以来「呪われたもの」として生きる事になるわけ。
その木の実を食べてしまった事で、知恵が付いてしまった
アダムとイブはアブラハムを始めとしたたくさんの子孫を残し、
その最後が私どもだったりする(と信じられている)
今までみたいに楽しいばっかりの人生じゃなくなっちゃった。
知恵がついた故に苦しみも悲しみも背負わなくてはならなくなった。
で、それ以来、神様に導かれつつも人類は世知辛い世の中で産んで
増えてを繰り返していたんだけどマリアさまだけは違った。
ある日突然、処女ながらにして、しかも神を身体に宿すんです。
その人間が犯してしまった罪を贖うために神がこの世に送ったキリストを。
そしてキリストは、罪を贖うために受難に合い、十字架に付けられ、死に、
でもねでもね、旧約聖書の予言どおり復活して、人々を救済されたってわけ。
だからマリアさまは人間でありながら、
無原罪の母と呼ばれ、昔から人々に篤く愛されてきました。
ちょいと、今聖書が手元にない(と言っても出すのが面倒なだけなんだけど)
ので、かなり変なところがあるかもしれない。
専門的な勉強をしたわけではないので、ちょっとマズい説明ですけどごめんよ。
…というわけで、マリアさまの曲がたくさんできたの。愛されてるからね。
色々な作曲家が上に書いた同じテキストを用い、曲にしている。
アヴェマリアと言っても色々な曲があるのはそれゆえ。
宗教曲というジャンルって、ちょっと演歌にも似てるかもね。
アヴェマリアなんて、王道中の王道。ド演歌かもしれないね。
ダイソーで言うところの、「ザ 宗教曲」みたいな(笑)
こころで歌うのです。
罪なき乙女、マリアさまと共に歌う(祈る)のがアヴェマリア。
三位一体の神様(父(天地創造の神)、子(キリスト)、聖霊(キリストの魂みたいなん))に
マリアさまを通して願いが聞き入れられるよう歌う超熱烈ラブソングなのです。マジ熱いよ~、宗教曲って。
基本的に世俗曲とは違うのよ。
歌うことを目的として作られてないのね。祈り。祈祷です。
アヴェ マリア含め、宗教曲というジャンルは、神への捧げもの。
神を賛美するための道具として用いられます。とても奥が深い。
私は友達の結婚式でよく歌うけれども、その度に、「あぁ、勉強不足だ。」と思う。
まっすぐ向き合わないと歌えないし、捧げるためには、相当な努力(練習)なしでは
本番になって捧げられないです。
だって、ここ間違ったらどうしよう…とか考えながら歌ってたら、不安で捧げられないでしょう?
そういう人間ったらしい想いを捨てて、全力で捧げる(奉唱といいます)ためには練習の段階で
相当な訓練が必要であるということです。
逆に、よくいるんだけどね、技巧的に走ったアヴェマリアを歌う人。
ただの歌として歌ってる人。オレの歌ってすげ~だろ~みたいな歌い方する人。
すぐに分かります。宗教曲としてはアウトです。ただの歌になってる。
宗教曲は捧げ歌なのだから。
下手でも、ちゃんとそこを理解して歌ってる人を私は尊敬します。
下手でも篤い信仰を持って歌っている人の歌ったアヴェマリアはすぐに分かる(^^♪
キリスト教を信仰しろとは言いませんが、その信仰を理解して歌うことが
わたしたち歌い手にとってはとても重要なことなのだと思います。
このくらいしか書けないです(爆)すいません。あはは。
書き出したらキリがないし、こんなんでゆるして。しーちゃん。
人種や宗教を超えて
「[2年前、シンガポールへ初の海外旅行に言った時の話」
出国前、職場でのこと。
私 「私、今度海外旅行行ってくることになったよ~。」
友だち 「いいなぁ~。ついに海外デビューじゃん。どこいくの?」
私 「あれ?あたし、どこに行くんだっけ?」
友だち 「……(失笑)」
本当は知人の家のあるメキシコへホームステイに行きたかった。
だけれども親に反対されて、その夢が叶わなかった。
折角そのために水戸までパスポートを取りに行ったのに…。
パック旅行なんてどーせ、動物園の檻から覗き見るようなもんだ。
でもとりあえずどこかに行かなきゃもう気が済まない。
海外ならばもうどこだっていい。
こんな想いでシンガポールへの激安パック旅行に決めた。
東南アジアなんて、本当のところまったく興味がなかった。
そんなんだったから図書館で借りた「地球の歩き方」をパラ見するものの、
興味を持てるはずもなく、早々と放棄(爆)
でもとりあえずコンセントのことと水のことは最低限
調べておきたかったのでしぶしぶ基本情報のみをチェックすることにした。
【正式名称】
シンガポール共和国。
ふむふむ。
【民族構成】
華人系76%、マレー系13,7%、インド系、8,4%、その他1.8%
なるほどなるほど。他民族国家なんだね。
【宗教】
仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教 など
【祝祭日】
5月31日「ヴェサックデー」釈迦の生誕(移動祝祭日)
へ~そうなんだぁ。とりあえず勉強した気になってみたり(笑)
でも興味がなかったから、そんなことどうでも良く、
半分諦めモードで5月29日に日本を出国した。
確かに、シンガポールに行ってみると人種も明らかにバラバラ。
至る所にモスク、仏教のお寺も、ヒンドゥー教のお寺やキリスト教の教会も目に付く。
2日目のシンガポール観光ツアーではヒンドゥー教のお寺に拝観。
丁度お祈りの時間に遭遇。僧侶が祈りを捧げていた。
そして5月31日 シンガポール3日目。
さすがにその頃にはシンガポールを楽しむ余裕が出てきた。
そろそろ旅も佳境。明日の朝にはここを経たねばならなかった。
その日は朝からセントーサ島ツアー。
どうやらセントーサ島は、島全体がリゾート地。水族館有り、
夜になると目からビームを放つマーライオン有り、
ピンクのイルカショー有りの、ミッキーマウスもびっくりの
それは、それは楽しい所らしい。
8時半にホテルに中国系の若い女性添乗員さんが迎えに来てくれた。
その前で待っていてくれたおじさん運転手さんの
ワゴンに乗り込むと、なんと乗客はわたしたちふたりだけ。
ガイドさん「今日はあなたたちふたりだけネ~。(日本語で。笑)」
私たち 「やった~。ラッキ~♪」
このオプションツアー、無料だっただけに感動もひとしお。
私たちを乗せた車は一路ホテルから高速を使いセントーサ島へ。
窓の外には緑の深い大きな木々や、南国特有の
華やかで多種多様な花々があたり一面に広がっていた。
ふとした瞬間に思い出した。
「そういえば、今日はお釈迦様の日だった。」
どうしたら、そのお祭りを見ることができるんだろう。
折角来たんだ。どうせなら潜り込んでみたい。
そんな単純な想いで私はガイドさんに、
私「今日って、べさっくでぇですよね~。」と聞いてみた。
ガイドさん「????」
私「ヘザック? ペサック??? んん??? お釈迦様の生まれた日???」
すると、ガイドさんは大きく目を見開いて、
「あぁあぁ!お釈迦様が亡くなった日ネ~。よく知ってるネ~。」
ちっ。地球の歩き方め。ガイドブックのクセにウソ情報載せやがって…。
そーいや、お釈迦様の誕生日は4月8日の花祭りじゃねーか。
毒づいたきもちを抑えつつ私はガイドさんと話を続けた。
「それってどこにいつ行ったら見れるんですかぁ?」
すると、ガイドさんは運転手のおっちゃんの方に向き直り、
何やらそのふたりは中国語でモニョモニョ相談を始めるではないか。
「あれぇ?あれれ~???何よぉ???」
何を話しているのか分からず、目が点になっていると、
5分くらいの相談の後、私たちの方を向き、
「あなたたち、すごく運がイイ。今日の運転手さん、スゴくいい人!
意地悪運転手、融通効かナイ。これからお寺回ってくれるっテ。
今日はあなたたちふたりだけ。特別!普通はしないネ。
それに私、神さま深く信じてイル。
絶対いいことだと思うから!」
うぅっそぉ~~~~~~~~~~~♪
連れて行ってくれる上に、この道の方のスペシャルガイド付きっ!
どうせわたしたちふたりで行ったところで所作も意味も分からないし、
どこでそのセレモニーをやってるかも分からないのだ。
車は急カーブ。
ガイドさんは目を輝かせて私たちをお釈迦様のところに案内してくださった。
ビル街にひっそりとたたずむそのお寺は天福寺(シアン・ホッケン寺院)。
そのお寺に一歩足を踏み入れると
たくさんの敬虔な信徒たちがひざまずいて祈りを捧げていた。
「賑やかなお祭り」ではなく静かで神聖な雰囲気に
身の引き締まる想いがした。
「見せてくれる」って言ったってただチョロっと拝観させて
頂けるくらいだろうと考えていたらとんでもなかった。
彼女の言うがまま、30㌢位の長いお線香と
蓮のろうそくを手に取りそれらに火を灯した。
ガ「まず、境内に出て、手を合わせてすべてを司って
くださっている天の神さまに礼拝する。
それで3回お辞儀して住所と生年月日と名前とを言っテ。」
なぜ住所?と思いつつ、
「う~ん、ずんだ~。
生年月日は永遠の12歳~。○月○日生まれ。 住所はゴニョゴニョ~。
と天にいる神さまに南無南無。
そして私たちはお寺の中心にあるご本堂へ。
「ここのお寺はシンガポールで一っ番古い。昔から海に出る時
船乗りたちやってきてここで航海の安全を祈った。
この神さま、海の守り神さま。ここにひざまずいて祈ル。」
「あわわわわ~。」と言ってる間もなく彼女はひざまずいた。
あぁ、なんと美しい姿だろう。
透き通った彼女のその祈りは天までまっすぐ伸びているかのようだった。
私はその敬虔に祈る姿に息を飲んだ。
まるでそこだけ時間が止まっているかのようだった。
その瞬間、私たちはガイドとお客という関係を超えて
祈りによって繋がった同士になったように思えた。
シンガポールに来て3日。たくさんの祈る姿に出会った。
ガイドさんは誰でも堂々と自分の宗教を言っていたし、
至る所に祭壇やご仏壇があったり、沢山の宗派の寺院や教会があって、
いろいろな人種や宗教や交わり合う中でそれは実にうまく調和していた。
自分自身の文化を考えや思想や文化、習慣に誇りを持ち、
またそれらを相手に押しつけることもなく、
お互いを尊重しながら彼らは平和に仲良く暮らしている。
そして今日、私は彼女に出会った。
その深い祈りに誘われて、わたしは旅の安全と日頃の感謝を想い祈った。
彼女は言った。
「キリスト教も、仏教も、ヒンドゥ教も、イスラム教もどんな宗教でも
すべての神様はみんな天でひとつに繋がっているから大丈夫。」と。
そして、たくさんあるすべての仏さまをすっごく熱心に
教えてもらいながら祈った。
学問の神さま、金運の神さま、健康の神さまなどなど…。
そんなに大きな境内じゃないけどいっぱいいらっしゃって
すべてにおいて興味深かった。
その後、本当は島に着いたらフリープランでガイドさんとさよなら
だったんだけど私たちふたりのためにガイドさんのご好意で
全部付きっ切りで案内してくださった。
ホントはガイドさんだってその日休みたかったはずなのに。
人生の話や彼女自身の信仰のお話もたくさん聞かせて頂いて、
本当にこころが通じ合える出会いだったんだ。
ガイドさん、その日は朝の4時からお寺に行って祈って、
私たちを見送った後もまた行くんだって言ってたよ。
お祈りにみっちり2時間掛かるんだって。
「『この日』にこういう形で出合わせてくださった神様って本当にすごいね。」って話したんだ。
確かに、ご縁って、人間業じゃない気がする。
一期一会っていうけど、本当にその通りだぁ☆
帰りのバスの中で彼女が大切にしている観音様カードをくださったんだ。
ガイドさんの祈りの匂いがするみたいですっごく嬉しくて、
それは今でも大切にお財布の中に入れて持ち歩いてるの。
いつも彼女のお祈りに守られている気がするから。
最期の時、私たちはお互いに抱き合って、
「ありがとう」を言ってお別れしました。
「パック旅行」を舐めまくってたわたしだったけど
こんな素敵な出会いがあり、本当に思い出に残る良い旅でした。
明け方の叫び
本日明け方。
浅い眠りの中をウロウロとしていた。
ほどよく夢を見ていた。
背伸びをした。
その瞬間動けない!
全身に激痛が走る。
え?ええ??
ど う し よ う !
金 縛 り ! ! ! ! ! ! !
ギャ~~~~~~!
お母さ~~~~~~~~~~ん!
と叫ぼうとするが、今私が叫んだら家族全員起きてしまう。
それに窓も開いている。近所中に丸聞こえではないか。
断念…。
痛いよ~~~~~~~~~~~ぉ(泣)
ふぇ~~~~ん。
額から汗が流れ落ちる。
息が…。く…苦しい…。
攣ったぁ~~~~~~(T_T)
右足が石ようにパンパンに固くなっているではないか。
そう、金縛りではなく、背伸びした瞬間に左足が攣ったのである。
身体全体が痛みに支配され、呼吸が勝手に止まるほど痛い。
朝っぱらから油汗をかきかきストレッチ。
ギャ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
モミモミ…。
ギャ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
ツンツン…。
ギャ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
プラプラ…。
ギャ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
事件発生から30分後、力なく叫んだ。
ぉ…、ぉ母さ~~~~ん…、ちょっとぉぉぉぉ~~~。
ぁ、ぁのぉ~~~~~~…。
こうして私の朝が始まった。
足を引きずりながら電車とバスを乗り継いで何とか出勤。
「山もっさ~ん、これ持って隣の研究所までおつかい行ってきて~。いやぁ~、悪いねぇ~。」
金縛りに遭った。
鼻毛のチョロリは
妹がいつも言う。
「鼻毛をちらつかせるな。」「抜け。」と。
だから、私は時々、指でその鼻から出た鼻毛を奥にしまい込むのだ。
昨日の夜のこと。
妹がピンセットを持って私に迫ってきた。
「私が抜いてやる。」
興奮しながら彼女はやってきた。
どうやら私のチョロリと出た鼻毛が気にくわない模様。
迷惑だと思った。
自分の鼻毛くらい自分でなんとかすべきである。
私はまたもや毛を鼻の穴に収納し、その誘いは丁重にお断りした。
だがそのスキに彼女は私の押し込みきれていない毛をピンセットでムンズと掴んだ。
「ぎゃ~~~~~~~!!!!!」
叫んだのと同時に、長~い長~い鼻毛が私の鼻からビヨ~ンと出てきた。
それはどのくらい長いかと説明するとラーメンマンのヒゲもびっくりの長さである。
妹も、私もびっくりした。
こんな長い毛が私の鼻には生えていたのか!
物理法則を完全に無視した長さだ。
いつもいつも、鼻毛を切らずに指でしまい込んでいたが為に
こんなに長く成長したというのであろうか。
これはただの鼻毛ではない。
鼻毛様だ!
その大胆な鼻毛様に妹と呆気にとられた。
という夢を今朝見たんだが…。
なんのこっちゃいな(汗;)
あほみたいーーーー。
あ、もともとアホか(笑)
名称変更
いきなりですけれども、ブログ名称を変更してみました。
ただのきまぐれですけど、何か?(笑)
ついでに名前も変えてみた。その名も
「ずんだ」
なんかこっちの方が私らしい(笑)
ついでにスキンやらなにやらも、自分のオリジナル画像で
入れてみた。凝り出したらきりがないのだけれども。
「Dona nobis pacem」
ミサ通常文(カトリック教会のミサにおける、年間を通して変る事のない箇所を指します)
の最後の締めくくりの一発です。ラテン語からなります。
平たく言えば 「ドナ ノービス パーチェム」←「ム」っていうよりは「ン」の方が正しいかも。
ミサ通常文は、どの作曲家がどの時代に作ろうと、
一貫して歌詞(祈祷文)は変る事はありません。
なぜか簡単に説明しますと、「ミサの祈祷文」だからです。
それでキリストさんが生まれて2000年捧げている祈りだからです。
(通常文以外の固有文などは時期などに応じて色々バリエーションがありますけど。
その部分の歌詞がミサの内容によって異なる部分なんですね。)
簡単に言えば、ミサ曲全体が教会のお祈りなんですね(^^)
「ミサ曲」というよりは、ミサの中の祈祷文。(まとめすぎ。笑)
それを名だたる作曲家がミサ通常文を色々なしきたりに則って作曲しているのです。
音大時代、何曲のミサ曲に関わらせていただいたか(^^) ありがたや。
卒業後も合唱のエキストラのお仕事貰ったりで、とても馴染み深いこともあって、
その中でも私の好きな箇所を選んでみました。
ミサ通常文は、ミサの中に組み込まれ、祈られる祈祷文のひとつです。
「ミサ」そのものを初めから説明すると収集がつかなくなりますので割愛しますが
ミサ通常文は、Kyrie(キリエ:憐れみの讃歌) / Gloria(グローリア 栄光の讃歌) /
Credo (クレド 信仰告白) / Sanctus(サンクトゥス 感謝の讃歌) /
Agnus dei(アニゥス デイ:平和の讃歌→直訳すると「神の子ひつじ」→キリストのことを指す)
の5つからなり、この箇所(題名)はラストの「Agnus dei」(平和の讃歌)の最後の一節です。
ミサの内容によって、少し変ったりします。…といいますのも
クリスマス前やイースター前、そしてお葬式にはGloria(栄光の讃歌)が祈られません。
日曜日(主日)以外のミサではCredo(信仰告白)も割愛されます。
あれ?Gloria(栄光の讃歌)も平日は省略だったような? ←超てきとー
ま、いいや、とにかく色々あるみたいです(笑)
あ、カトリックのミサって基本的にどこの教会でも毎日やってるん(やるべきもの)ですよ(^^)
カトリック教会は基本的に365日教会は開かれています。
オーソドックスチャーチ(正教会:東京だとニコライ堂)とかもそうです。
田舎の教会に行くと、聖堂が夜も開けっぱなしのところもあるそうで(取る物は何もないけれども。笑)
(プロテスタント教会は、いきなり行っても開いてないよ。あしからず。)
「Dona nobis pacem.」 を日本語に直訳しますと、
内訳は、
Dona(与えたまえ) nobis (我らに) pacem.(英:peace 平安)
となり、全体的には
「我らに平安を与えたまえ」 (カトリック訳)
「わたしたちに平安をくださいますように。」(ずんだ直訳)
(※ 教派によって訳が微妙に違ったりします。)
ということになっています。
が…、少しずんだ流に崩しますと (意訳しますと)
ずんだ訳 「みんな平和になぁ~れ!」
軽っ!みたいなかんじです。
神様じゃあるまいし「なぁ~れ」っていうのはちょっと意訳しすぎですけど。
「(神様)みんなを平和にしてください。」くらいの方がいいですかねぇ(笑)
しかもこの「nobis(我らに)」がポイントだと思うんですよ。
みんなに!みんなに欲しいわけですよ。ひとりの平和じゃダメなんですね。
「nobis」だけ大文字にしたいくらい。
Dona NOBIS pacem.
みたいな。
ほんと、癒し、欲しいよねぇ~。平和欲しいですよ~。安らぎだったり、元気だったりね。
その想いはひとそれぞれだと思いますけれども。
平和(平安)って言っても、幅広いと思うんですけどねぇ。
世界平和とか言われちゃっても、「あたし~、神様じゃーあるまいし~」ってかんじだし。
でも、自分に関わる人、好きな人でも嫌いな人でも、毎日が、いや、一瞬でも
その人のありのままに気持ち良く過ごせたら最高だと思いません?
それって平和(平安)だと思うし、そこから世界への平和に繋がっていくと思います。
誰よりも癒しの欲しい、ずんだのひとりごとでした(笑)
Dona nobis pacem.
「お願いだから
来てぇ~~~~(切実)」
↑意訳しすぎ(爆)
私はこころが病んでしまったのかもしれない。
朝6時20分、「きれいな夢を見てネ。」という
いつものおかしな目覚まし時計に起こされた。
さぁ、今日も仕事。
眠い目を擦りつつ、目が覚ますと部屋の外から小さな小さな声が聞こえる。
今まで聞いたことのない声だ。
耳を澄まして聞いてみると、こびとたちの声のようだ。
トーンの高い、まるで、テープを高速回転させたかのような声で何やら話している。
残念ながら今回の話は、残念ながら、夢ではない。
これが現実であり事実である。
何を話しているのか、聞くためにさらに耳を澄ましてみても聞き取れない。
多分こびと語なのであろうか。
確かに、私はアホではあるが、ついに精神まで病んでしまったのだろうか。
2週間後には門下の発表会を控えている。
皆さんも覚えがあると思うが演奏会の前になると精神的におかしくなる。
今流行りのうつ病だろうか?精神分裂病による妄想だろうか…。
もうダメだ…。
おかしくなった頭を抱えつつ、布団から身体を起こし、
自分の部屋を出、トボトボと階段を下りた。
すると、父の部屋の方に近づくと、こびとたちの声が大きくなってくる。
んぁ?こびとはこの中なの?と思い、朦朧と父の部屋を開けると、
仕事に行く準備をしながら大音量で昨日のニュースの録画を倍速で見てる父が…。
朝っぱらからこれかよ…↓↓↓
わたしは本当にこころが病んでしまうかも知れない。
からだのこと
今日は私のマイブームの話。
ヨガ。
先生曰く「ヨーガ」だけど…。ヨ~~~~~ガ。
んでそのヨガ (結局ヨガ。笑)すごくいいんですよ。
習っているのはマラソン一家。
農林水産省の研究所で病理細胞を研究していたご主人、
55歳で早期退官されて鍼灸師。泉先生。
資生堂のプロの現役マラソンランナーの奥様。
千枝先生。
資生堂ランニングクラブホームページ
http://www.shiseido.co.jp/run/member/html/ath_w001.htm
娘、息子さんたちも走るらしい。
私はこの本をボンっと渡され、感動して、
走るようにもなりました。面白いよ。この本を読んで人生観変ったかも。
松田千枝先生著「走って輝く」
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4808308002.htm
趣味 ランニング。うそ~ってかんじですけど。はい。
調子のいい時は仕事の帰りに走ってます。
プロのマラソンランナーの先生に直接ご教授いただけるなんて
考えてもみなかった話だし、それに、やっぱり一芸を極めた方の
お話を聞かせて頂ける事は自分にとって人生勉強にもなります。
めちゃくちゃきれいだし(^^)
泉先生(ご主人)のお話も面白いんだ。
千枝先生のマラソントレーナでもあります。
超ネタが豊富。尽きることなく話してくれる。超優しいし。
体調が最悪で「もうダメ」って時にも、よくなったところを見つけて
褒めてくれて、「きっと元気になるからね」と励ましてくださいます。
んで、話ずれましたけど、今鍼灸の方を泉先生(ご主人)に受けつつ
千枝先生(奥様)に「ヨ~ガ式 姿勢の体操」というのを習っている。
怪しげ? いや、そんなことございませんでしてよ。
柏の読売・日テレ文化センターでも普通に習える。
ちょっとここは高いけど。私は先生のご自宅で習ってます。
ヨーガ式姿勢の体操ホームページ
http://mckproject.web.fc2.com/index.htm
先生がおっしゃるには、人間の身体には、約60兆個の細胞があるんだって。
でも普段その細胞のすべてを使うことってあまりないわけで、
その普段使わない細胞にまで気を配って、インナーマッスルを鍛え
元気になっちゃおうって体操なんだそうで。
私はこの体操を習うようになって、身もこころも大分元気になりました。
もともとヘルニアで腰椎分離症を抱えていた私。
コルセットなしでは座ってもいられなかった。
毎年ゴールデンウィークには急性腸炎にかかり入院。
かなりからだの弱い子だったんです。
痛い足を引きずりながら仕事をする毎日。
しかたないので鎮痛剤(ボルタレン)を飲みまくっていたあの頃。
かなりぐったりしていたと思う。
でも、今ではコルセットも外れ、身体がしなやかになるのと同時に
こころにも余裕が生まれ、しなやかになった。
そして、今、今年のゴールデンウィーク。
泉先生の鍼灸と千枝先生の体操のおかげで、
疲れているけど、どこの病院にも担ぎ込まれずに済んでる自分がいます。
自分の人生の中で、元気だった時間ってほとんどなかったから
すごく嬉しいし、すごく小さいけど自分に自信が持てるようになりました。
私は声楽をやっているんですけれども、
肩の力が抜けて、楽に発声できるようになりました。
もっともっと元気になって、今年は町内のマラソン大会に出て
1番短い3キロのコースを完走…っていうか、歓走してみたいとか、
アホみたいなことを考えている。このあたしが。
夢のまま終わるかもしれないけれども、
今はからだを動かす歓びを大切に、楽しくやろうっと♪
Gracias padre por todo! ありがとう お父さん!
今日、最愛の父とお別れをしてきました。
大好き! 自慢の私のお父さんです(^^)
父と言っても、実の父ではありません。
父よりも年上の陽気なメキシコ人です。
来月の初めごろ、祖国に帰ります。
大学を卒業して間もなかったころ、彼に出会いました。
彼に本当の子供のように可愛がってもらい、
私も本当の父のように慕っておりました。
また、彼は私だけでなく誰に対しても、アンパンマンのように
自分の顔であるアンパンを差し出すようなこころが広くて豊かな人でした。
そして、なによりも彼は誰からも愛されていました。
彼の存在がなければ今の私はないというくらい。
よくもまぁ、わがままな私をここまで育て上げてくださったってもんです。
メキシコでは今、豚インフルエンザが大流行していますね。
渡航禁止にならなきゃいいけれども…。
元気でいてくれるといいのだけれども…。
無事に帰国して欲しいと願っています。
そしてまたご縁があれば1年後、元気な姿で第2の祖国である
ここ、日本へ帰ってくる予定です。もう帰ってこないかもしれないけれど。
どうか、どこにいてもみんなに愛されるお父さんであってください。
私も、お父さんが私にしてくれたように、
誰に対しても自分のこころを開き、そのこころを差し出せるような
そんな人間になりたいです。
Gracias padre por todo!
いっぱいいっぱいありがとう。お父さん。
またね(^^)
☆はじめまして☆
マブダチに誘われるがままにブログとかいう
ナウでヤングなことに初挑戦です。
続かないと思うけれども。
これで終了するかもしれないけれども(爆)
あ、自己紹介を…。どーも。はじめまして。
「らっざーにあ おもろー」っていいますねん。
以後よろしゅうに。
果たして、「以後」なんてあるのか疑問だが…。