独りで朝からあれこれと考える。
ホッブズ的問題、つまり人と人が全面的に対決する構図から離れて
今世間と言うものはもっと無意識的な闘争状態にあるんじゃないかと考える
何気ない一言が、意味も無く誰かを傷つけて
言葉を発した本人は何の悪気も無いけど
言われた方は、もちろん子どもみたいに怒る訳にも行かなく
ただ黙ってじっと相手を眺めて、言われた台詞を静かに噛み殺して
心の内で精神的な勝利を宣言するような。
こういう気が付かない闘争でお互いに磨り減ってゆくんだろうな、と実感する
あるいは僕だけかも知れないが、大学に入ってからこういう経験が増えてきた
そこで、あぁ何でコミュニケーションが存在するんだろう、とあれこれ考える。
社会が社会として機能する必要十分条件である、
非言語コミュニケーションも、なんで存在するんだろう、と考える。
でもこんなこと考えていること自体が証拠に、
僕は今どうしようもない被害妄想に陥っているんだ。
自分ではまともだと思い込んでいたが、やっぱり僕は病気なのかもしれない。
最近もネタで妄想なり電波をつらつら書いてきたけれど
だんだん妄想と現実的思考の区別がつかなくなってきた
シリアスに現実を考えられなくなってきた
自分じゃ気が付かないのかもしれないが、
客観的に見れば僕はもう既になんか何言ってるかわからない、
社会的にビョーキの人間なのかもしれない。
(これは自意識過剰の発露なのだろうか?)
・・・・・・でもまぁ、これも何か一つのネタみたいなものだ。
全て表現される言葉は主観なりバイアスなりフィルターを通して出てくるから
この文章全部が「事実を元にしたフィクション」みたいなものだろうと思う。
だから、まぁこんな露悪趣味全開で無目的のヘタレブログですが、
読んでくださっている方々、僕が馬鹿なこと言っていたら
ディスプレイの向こうの僕を指差して大声で笑ってあげてください。
なんか僕が病んでいたら「うはwwwwwwwメンヘル(笑)wwwww」とか言ってあげてください
こういう風に何でも馬鹿馬鹿しく物事を捉えられたら
現実はもっと簡単になると思います
思考の表面を、スリップしてゆくようなそういう程度の重みを持った
文章であれば充分だな、と感じています
もともと僕の日常そのものを書く事に意味は無いと思いますし、
僕の勉強を書いたってまぁ幼稚園のお遊戯みたいなものなので、
いつも恥ずかしかったりしている割に
たまに天狗になったり慢心していますが、
どのみち意味のあるものじゃないです
だからまぁ、私的な日記を確実な手触りを持った、
僕だけが読む自由帳につけているんじゃないんだから、
読んでくださる方々には全力で思考を横滑りしながら僕を笑い飛ばしていただきたいです
- 魯迅, 駒田 信二
- 阿Q正伝・藤野先生 (講談社文芸文庫)