一緒に過ごすことは、ほんの僅かしかなかった。
私は自分の足で人生を歩む選択をしてから
長い時間が経過している。

親を決して憎んでいるわけではない。
でも、許す許さないというものでもない。
今更分かり合おうとも思わない。
正直、感謝の気持ちも全く芽生えてこない。

この世に生まれた時からついて回る呪縛。
振り払おうとする程きつく巻きついて更に苦しめられる。

そろそろ人生も終わりに近い側にいる事を感じる。
それはまだ先だけれど。
その時が来ても、分かり合いたかったという後悔はないと思う。
実父が亡くなったと便りを聞いた時も何の感情もなかった。
私の記憶にはない人物。
掘り返せば産まれた頃は思い出せるのかも。
母は実父全ての痕跡を消し、写真すら見たこともなかった。

多少、今のうちに一度母と2人で話してみたいと感じている。
自身のために、当時の気持ちを改めて聞きたいとも思うが
その必要もないとも反面思う。


母が再婚してから、母とサシで話すことはなかった。
いつも横に居る義父からの発言が母の代弁、全てであったため
話し合いの気持ちも喪失していた。
長い間、私も言葉を交わすのを拒絶している。

振り返って考えると、母親の気持ちを直接聞いたことはない。
叔父や叔母から当時の母の様子を聞くと十分思いは分かるが
お金だけで子が育つなら親は要らない。
手をかけて、言葉を交わしてこそ伝わるものだから。

ただ、祖父母との暮らしを経てから僅か3年が母と新しい家族との
暮らしだったが、私にかけられた言葉は、私に対してのものではなかった。
母は再婚を失敗したくないという思いだけで抑圧する言葉と
虐待の毎日は、私が私でなくなるような終わりのない日々。
同居の義祖父母も同様であったが、母の振る舞いが一番辛かった。

これ以上生まれた事を否定された言葉を日々浴びせられない為に。
私は私として生きるために、早くから離れることを決断した。


だが、生まれた事を全否定する言葉は日々子供の頃に繰返し
植えつけられ鋭い棘は今も深く突き刺さったままだ。
抜こうとする度、今も体調を崩す。

一人強く生きる決意をして知らない街に来てからは新しい日々を
紡ぐ毎日。長い年月が経ち強く生きるほど、その呪縛から逃れたい事が
生きる原動力だと感じ、酷く落ち込むことも度々ある。

このまま呪縛だけが残り、自身が朽ちていくのは避けたいと思う。
もう関係のない事、手放しても良いはずなのに時折頭をもたげる。
心のどこかで、まだ自問自答を繰り返している。

日々穏やかに過ごしたい。今はただそれだけが私の願いなのに。

私は一体何者なのか。