旅行も買い物も、いつも私は時期をずらします。
混む→忙しい→となると接客も捌くのが精一杯ですよね。
高いのにサービスもイマイチ・・。休みをずらしても避けたい。
そうは言ってもなかなか休めない人も多いと思いますが
私はもうそこで行くことを止めます^^;
しかし、特に今年の12月はどこに行っても人が多いです。
元々人が多く集まる場所は苦手なので自主的に行くことは
ありませんが、送別会でどうしてもその様な場所へ行くことに
なり、久しぶりに大混雑のお店へ。疲れました・・笑
-------------------------------
「師走」の語源は諸説ありますが、師匠も走る程忙しいとか、
お坊さんが走り回る様子など・・。しかし既に平安時代より
前にその言葉は存在しており、意味は後付けなのです。
(平安時代から現代までは年末は変わらず忙しいと^^)
ヒトの一生から見れば平安時代は遙か昔でも、生命の誕生
からは、まだほんの浅い歴史です。
以前グラフを作ったように、生命の誕生後も人の進化の
スピードは加速傾向にあります。色々な要因がありますが
私個人の見解では「寿命が延びたこと」もあるのではと・・
縄文時代のヒトの平均寿命は14歳程度と言われています。
対して、今日本人は80歳程まで伸びています。特に戦後以降
食糧事情や医療技術の発達で、乳幼児の死亡率や高齢者の
健康寿命が延びた事が大きく、同様の推移になっています。
私達の寿命が今も14歳だったら、ここまで日本は発展している
でしょうか。生きる時間が延びた分、知識の習得や技の伝承が
十分にできる時間が確保できたからこそだと思います。
過去から一生懸命、手で行っていた仕事の大半を便利な道具で
簡単にする事ができました。一つ便利になると、次に手をつけて
いない分野を便利にしようと加速する。
日本でも、ようやく「10年後になくなる仕事」の発表をして
いましたね。最終的には今の25%程度を残し、75%は全てAI
にとって変わるそうです。低コストになり物の価値も下がります。
益々寿命も延び、仕事で汗を流すこともなくなり、ただ穏やかに
毎日を過ごす未来のヒトたちには、まだ後付けの「師走」の意味が
通じるのでしょうか。
平和が一番という言葉をよく聞きます。未来の状況を予測すると
ヒトにとって理想的な「平和な世の中」になるでしょう。
ですが生きるために勝ち残り、同種まで犠牲にしてここまで進化を
遂げたヒトは果たして本当に「平和」を求めているのでしょうか?
こうして、技術的特異点の記事を書くと不安を感じている方もいる
事も事実です。国内外で戦争のない日本になってからはまだほんの
最近の事。相変わらず利己主義の世の中を見る限り矛盾を感じます。
「争いごとのない平和」は今までにない全く新しい価値観です。
それをヒトが受け入れられるかどうかで未来は変わります^ ^
混む→忙しい→となると接客も捌くのが精一杯ですよね。
高いのにサービスもイマイチ・・。休みをずらしても避けたい。
そうは言ってもなかなか休めない人も多いと思いますが
私はもうそこで行くことを止めます^^;
しかし、特に今年の12月はどこに行っても人が多いです。
元々人が多く集まる場所は苦手なので自主的に行くことは
ありませんが、送別会でどうしてもその様な場所へ行くことに
なり、久しぶりに大混雑のお店へ。疲れました・・笑
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「師走」の語源は諸説ありますが、師匠も走る程忙しいとか、
お坊さんが走り回る様子など・・。しかし既に平安時代より
前にその言葉は存在しており、意味は後付けなのです。
(平安時代から現代までは年末は変わらず忙しいと^^)
ヒトの一生から見れば平安時代は遙か昔でも、生命の誕生
からは、まだほんの浅い歴史です。
以前グラフを作ったように、生命の誕生後も人の進化の
スピードは加速傾向にあります。色々な要因がありますが
私個人の見解では「寿命が延びたこと」もあるのではと・・
縄文時代のヒトの平均寿命は14歳程度と言われています。
対して、今日本人は80歳程まで伸びています。特に戦後以降
食糧事情や医療技術の発達で、乳幼児の死亡率や高齢者の
健康寿命が延びた事が大きく、同様の推移になっています。
私達の寿命が今も14歳だったら、ここまで日本は発展している
でしょうか。生きる時間が延びた分、知識の習得や技の伝承が
十分にできる時間が確保できたからこそだと思います。
過去から一生懸命、手で行っていた仕事の大半を便利な道具で
簡単にする事ができました。一つ便利になると、次に手をつけて
いない分野を便利にしようと加速する。
日本でも、ようやく「10年後になくなる仕事」の発表をして
いましたね。最終的には今の25%程度を残し、75%は全てAI
にとって変わるそうです。低コストになり物の価値も下がります。
益々寿命も延び、仕事で汗を流すこともなくなり、ただ穏やかに
毎日を過ごす未来のヒトたちには、まだ後付けの「師走」の意味が
通じるのでしょうか。
平和が一番という言葉をよく聞きます。未来の状況を予測すると
ヒトにとって理想的な「平和な世の中」になるでしょう。
ですが生きるために勝ち残り、同種まで犠牲にしてここまで進化を
遂げたヒトは果たして本当に「平和」を求めているのでしょうか?
こうして、技術的特異点の記事を書くと不安を感じている方もいる
事も事実です。国内外で戦争のない日本になってからはまだほんの
最近の事。相変わらず利己主義の世の中を見る限り矛盾を感じます。
「争いごとのない平和」は今までにない全く新しい価値観です。
それをヒトが受け入れられるかどうかで未来は変わります^ ^