こんにちは。
今日もハーモニー経営に関するお話です。
ハーモニー経営の一端を垣間見ていただくために
ある大企業の部長の苦難、そしてそこを様々な人を巻き込みながら突破していく物語、第4話最終話です。
第4話:静かな決壊点――そして、新たな“循環”の始まり
1.冬の張りつめた空気
水道事業本部の冬は冷たい。
外気だけではない。組織そのものが氷のように張りつめ、少しの衝撃でひび割れそうな空気をまとっていた。
そのただ中で、山川誠は静かに歩いていた。
――これが最終局面だ。
ここ数週間、対話会をめぐる賛否は社内で完全に二分されていた。若手や現場は熱を帯び、一部の役員は「変化の兆し」と見て興味を示し、別の役員たちは「組織を乱す」と眉をひそめる。
巨大な組織が揺れ始めるとき、その表面には静けさしか現れない。
むしろ“嵐の前の静けさ”に近い。
山川は「最後になるかもしれない対話会」の準備を進めていた。
2.対話会が“最後”になるかもしれない日
会議室のドアに手をかけた瞬間、背筋にひやりとした感覚が走った。
長年の勘が「今日は何かが起きる」と告げていた。
室内には佐野、岸本、若手、中堅の設計担当など10名が揃っていた。緊張した表情が並ぶ。
「山川さん……今日、なんか空気が違いますね」
「……そうかもしれないな」
録音機がテーブル中央に置かれ、いつもの準備が進む。
だが心のどこかで「今日だけはいつもどおりではいられない」と感じていた。
若手が次々と声を上げた。
「現場をもっと良くしたいんです」
「誇りを取り戻したい」
「水道って“当たり前”にされすぎだと思うんです」
その声は熱を帯びつつもまっすぐであった。
山川は胸の奥で静かにうなずいた。(そうだ……組織が忘れかけていた“大義”はここにある)
だがそのとき、秘書が顔を覗かせた。
「山川部長……会議後、常務会議室へお越しください」
空気が凍った。常務会議室――役員クラスが集まる“審判の場”であった。
3.静かな「公開の場」
対話会後、山川は長い廊下を歩いた。
靴音だけが冷たい床に響いた。(来るべきものが来た)
常務会議室には数名の役員が座っていた。矢野専務もいたが表情は読めなかった。
「最近の“集まり”について正式に説明を求めたい」人事部長が切り出した。
「現場の声を聞き、業務改善と理念再確認の機会を……」
「理念?」
「業務外の会合が社員に過度な期待を与えている」
「組織のヒエラルキーを乱す可能性がある」
矢継ぎ早に声が飛び、山川の心に鋭い痛みが走った。
そのとき、矢野が口を開いた。
「……私は、山川君の活動は“問題”ではないと思う」
会議室が静まり返った。
「現場の誇りが薄れているのは事実だ。理念が語られない組織はやがて劣化していく。理念は会議室ではなく現場で育つものだ」
矢野は続けた。
「山川君の対話会は理念の揺り戻しを自然に起こしている。私はそれを見守る価値があると考えている」
山川は胸の奥が熱くなるのを感じた。
しかし反発も起きた。
「非公式活動は問題だ」
「勝手な改革ごっこを許すべきではない」
「現場が勘違いする」
激しいやり取りが続いた。山川は黙って聞くしかなかった。
そのとき、総務担当の田嶋常務が手を挙げた。
「……じつは私、部下から借りて録音を聞きました」
会議室が静まり返った。
「若手の声を聞いて……少し泣きました。“当たり前を支える誇り”という言葉……私はいつから忘れていたんでしょうか。変化が怖くて理屈ばかり並べていたのは私の方かもしれません」
矢野が静かにうなずいた。
その瞬間、会議室に“ほんのわずかな熱”が生まれた。
4.決壊と、新たな循環の始まり
議論は1時間以上続いた。最終的に決まったのはただ一つ。
“対話会は当面見守る。ただし報告は必要。”
支持と不満が混じる妥協点であった。だが山川にとっては確かな前進であった。
会議室を出ると矢野が小声で言った。
「山川……今日はよく耐えた。覚えておけ。組織が変わるときは必ず押し戻しが来る。今日はその第一波だ」
山川は深くうなずいた。(まだ終わりではない……)
5.雪の夜、確かな手応え
その夜、本部ビルを出ると雪が降っていた。街灯の下、白い雪が静かに積もっていく。
(水道の仕事も、こういうものだ。誰にも注目されない。派手ではない。だが一度止まれば社会が止まる。その静かな使命が雪のように心に沁みていく)
「山川さん!」佐野と岸本が走ってきた。
「聞きました!対話会、続けられるんですね!」
「ほんとによかった……!」
二人の顔は雪の白さよりも明るく見えた。
「……ああ。続けよう。静かにな。じっくり、ゆっくりだ」
岸本がうなずいた。
「俺……もっと頑張ります。この仕事、誇りにしたいんで」
佐野も続いた。
「私もです。この会社、変われると思うんです」
山川は二人の顔を見つめながら胸の奥で確信した。(組織を変えるのは俺じゃない。彼らなんだ)
自分はただ静かな循環を始めただけ。
その循環がいつか組織全体を満たす日が来るかもしれない。
雪は静かに降り続けていた。まるで新しい季節の訪れを告げるかのように。
山川はゆっくりと歩き始めた。その足取りは寒さとは裏腹に温かかった。
――巨大な組織の中で、確かに何かが動き始めていた。
(了)
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