この記事のタイトルをご覧になった多くの方が、「大分ってそんな場所なの?」と感じられたことと思います。
昨日11/23(日・勤労感謝の日)、大分駅前にある市民ホールで、次のフォーラムが開催されました。
「西洋医術発祥の地おおいた」の魅力再発見
ルイス・デ・アルメイダ生誕500年記念フォーラム
連休中であり、入場無料ということもあって、参加してきました。
配付された資料集の表紙では、生誕500年を迎えた「ルイス・デ・アルメイダ」という人物について、次のような紹介がされています。
戦国時代の大分に
私財を投げうち人々を救った人物がいた。
商人であり、外科医であり、宣教師であった
その名は...ルイス・デ・アルメイダ。
ちょっと長くなりますが、彼の生涯をまとめると、次のようになります。
1525年、ポルトガルのリスボンで生まれる。
1546年、外科医師免許を取得。
大航海時代の中、インドにわたり、貿易商人として巨万の富を得る。
1552年、日本を訪れ、イエズス会の宣教師と出会う。
1555年、大友宗麟が治める豊後府内(現在の大分市)を訪れる。
※ 府内のまちは宗麟の支援のもと、すでに教会が立てられ、キリスト教が布教されていた。
アルメイダは、貧困から生まれたばかりのこどもを間引きする現実に心を痛め、宗麟の協力を得て、府内に育児院を設立。
1556年、イエズス会に入会し、全財産を寄付。
1557年、日本で最初の西洋式病院を開設し、運営を開始。自らも外科手術(日本初の外科手術)を行う。
1560年、ヨーロッパでイエズス会会員の医療行為が禁じられたため、病院の運営を日本人医師に託して府内を離れ、九州各地で布教活動を行う。
1569年、熊本・天草の崎津に教会を設立。
1580年、イエズス会の初代天草地区長に就任。以後、天草でのキリストの布教に尽力する。
1583年、天草の河津浦で58年の生涯を閉じる。
昨日は、東京大学准教授の基調講演、マンドリンなどのミニライブの後、大分大学学長(外科医)、大分県立看護科学大学学長、熊本県天草市立キリシタン資料館館長、大分市長(外科医)、東大准教授の5人によるトークセッションが開催されました。
トークセッションでは、アルメイダの功績と人物像について紹介されたのち、アルメイダの功績を大分の魅力発信に活かす方策についての意見交換が行われました。
高校卒業まで故郷大分で生活し、教育を受けてきた者として、アルメイダについてはある程度の知識を持っていたつもりでしたが、今回のフォーラムに参加して、改めてその功績を再認識しました。
ただ、私が第二の故郷と感じている熊本とも深いつながりがあったということは、恥ずかしながら今回初めて知りました。
私自身、11年前の大病をはじめとして、多くの場面で現在の西洋医学に救われてきた身ですので、その西洋医術の発祥の地がここ故郷大分であることに、誇りを感じることができました。
参加無料ということで、気軽な気持ちで参加しましたが、貴重な経験ができ、参加してよかったと感じました。
(おまけ)
アルメイダの名が大分市民にとって身近である理由が、実はこんなところにもあるということを御紹介します。
大分市民にとっては、病院の名称としても親しまれているんですね。
