あの日から25年、四半世紀が過ぎたということになるんですね。

 

1991年(平成3年)4月に就職して、間もなく4年になろうとしていた冬の早朝。

当時熊本に住んでいた私は、恥ずかしながら、この揺れに気がつくことはありませんでした。

 

目が覚めてスイッチを入れたTVから流れてきた神戸地方での地震の一報。

当時携帯電話やインターネットというものとは無縁の生活を送ってきた私は、その日の仕事を終えて帰宅してから視たTVニュースでの甚大な被害状況の映像に、言葉を失ったのを今でも覚えています。

 

その後、異動で大分→鹿児島(鹿屋)→大分での勤務を経て、熊本で二度目の生活を送っていたときに東日本大震災が発生したのですが、その翌年の2012年の夏、私は夏季休暇 を利用して、神戸を訪れました。
 
神戸を訪れた目的は、この施設に行くためでした。
 
 
人と防災未来センター
(〒651-0073 神戸市中央区脇浜海岸通1-5-2)
 
 
この施設の存在は、以前から認識しており、一度訪れてみたいと思っていたところ、東日本大震災が発生したこともあってその思いが強くなり、その翌年の夏に訪れることができました。
 
その時はまさかその数年後に、私にとってもっと身近な、第二の故郷ともいえる熊本が大地震に襲われることになろうとは、夢にも思っていませんでした。
 
あらためて、「備えあれば憂いなし」の言葉を胸に刻み込んで、きちんとした備えをしておかなければという思いを強くした、25年目の今日、1月17日の出来事でした。