http://www.asahi.com/articles/ASG7L71S2G7LUTIL05N.html“朝日デジタル『「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断』何を今さらという感じです
これは『吉田清治』という人物が著した『私の戦争犯罪』(1983年)という本で“自分は戦争中に軍の指令により済州島で女性狩りを行い慰安婦に仕立てた”という告白を行い、これを朝日新聞が大々的に取り上げ、後の河野官房長官談話(1993年)での謝罪発表に繋がったいわゆる『従軍慰安婦問題』の根幹に関する内容が嘘だったと認められたと云う朝日新聞自身の発表です
(;・ω・) 「しかも何か自分たちのお手柄みたいに語ってるし」
この吉田証言が元になって先日の自由権規約人権委員会でこの慰安婦問題における日本の主張が採用されなかった件も、その元になるマクドゥーガル報告(1993年)、クマワスラミ報告(1996年)、アメリカ合衆国下院121号決議(2007年)等、日本への非難が世界中で行われてきたのです
1992年には史家『秦郁彦』氏の済州島での現地調査により吉田証言にあるような『女性狩り』の事実は無かった事が判明しています(当時の地元新聞も明確に否定)
さらに1993年には慰安婦問題を糾弾する側の吉見義明らが秦氏の主張に反論する事を吉田に求めるも、吉田はこれを拒否しました
この年の6月18日に当時の政権である宮沢内閣は不信任が可決された事で衆議院は解散、7月18日の総選挙で過半数を割り込む大敗、自民党の野党転落が確定する中で突如発表されたのが河野官房長官談話でした
1993年8月5日に事前の調査では具体的な証拠は何も出ず、元慰安婦たちの証言も矛盾だらけの非常に怪しい物だったにも拘らず宮沢内閣と韓国政府の談合の結果、河野官房長官談話が発表されたのでした
河野洋平官房長官はわずか1週間前の7月30日に任命され、この4日後に宮沢内閣は退陣し細川連立政権に移行する事になります(
罪人在任11日)
『談話』自体は92年の7月から前官房長官『加藤紘一』の頃から練られていたもので、当時の韓国大統領『金泳三』との協議の元“慰安婦問題について韓国は日本に補償を求めない、元慰安婦たちへの補償は韓国側で行うので公式な謝罪だけ欲しい”という趣旨で進められていました
別に河野洋平を擁護する気はありませんが、彼は謂わば選挙に負けて下野する事が決まっていた内閣・自民党において敗戦処理をやらされていたに過ぎません
河野洋平という人物は只の無能な愚人であり、政治家などなってしまった為にこの問題に巻き込まれたに過ぎないと言っていいでしょう
記者の誘導質問に乗って“原稿になかった”『広義の強制連行』を認めるとか、ふざけた真似をしてくれた1件だけでも許されませんが
慰安婦問題について朝日新聞社長と共に河野洋平の『証人喚問』を要求する声がありますが、実際の交渉や談話の作成は前官房長官の下で行われていたのですから、追求すべきは
加藤紘一の方でしょう
政権の責任者である当時の首相宮沢喜一は残念ながら2007年に死去しているのが返す々々も無念でなりません
余談ですが2002年のサッカーW杯が日韓共催となったのも、この時期に宮沢喜一(のク○野郎)が日本サッカー協会に圧力をかけたからでした
日本に異常なライバル心を燃やす韓国は単独では開催能力も無いのに2002年大会の誘致に名乗りを上げ、宮沢と共に日本単独開催を阻止したわけです
単独開催能力が無いどころか共催すら無理な状態で、スタジアムの建設費用など数百億円が日本から貸し出され、一説には未だに返却されていないとか(←ネットのデマ説もあるものの、JFA・政府などから明確に否定されてもいない)
ちなみに運営自体もgdgdで、韓国ラウンドで試合をする事になった出場国からはブーイングが上がり、韓国代表のラフプレー&八百長による準決勝進出は世界中のサッカー関係者とファンからは“無かった事扱い”にされています
話を戻すと、河野談話が出た事で『自分の付いた嘘を事実に仕上げた』事に満足したのか、1995年には「自分の役目は終わった」と称して吉田は『私の戦争犯罪』がフィクションだった事を認め、96年には週刊新潮のインタビューに「事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやることじゃありませんか。チグハグな部分があってもしようがない」等と語っています
1998年には秦郁彦から「嘘である事を公式に認めるべき」と詰め寄られますが、「人権屋に利用された事は認めるも、この歳になって自分の人生を否定するような事はプライドが許さない」の様な事を言って拒否したそうです
(#・ω・) 「手前ェのプライドを日本全体の不利益より優先すんのかっ!?」
って感じです
何か戦前生まれの日本人とは思えない様な思考と行動原理が垣間見えます
ちなみに韓国が慰安婦を『女子挺身隊』と呼ぶのは、朝鮮戦争時に彼らが使った従軍慰安婦(人間狩りを行って強制的に、文字通りの性奴隷にした)の女性たちの事を女子挺身隊と呼んでいたからだと言われています
この吉田清治という人は色々経歴の怪しい所がある人物で、一説には“日本人ではない?”とも
推測の域を出ませんが、共産党中国か北朝鮮(或いはその両者、もしくはアメリカも共犯?)の息の掛かった潜入工作員ではないかと思えて仕方ありません
『私の戦争犯罪』以前に1977年から慰安婦関連の執筆活動を始めていますが、これ以前の経歴に実在性が殆ど確認できず、郷里の同窓生や学生時代の友人などが全く見つけられないと言われています
戦後不逞朝鮮人が『空襲で一家もろとも亡くなったり』『戦後のどさくさで“何故か”いなくなった』人物になりすまして、戸籍や土地を入手する『背乗り』という行為が横行したそうで、“生粋の”日本人でありながらやたら南北朝鮮国家に肩入れして反日活動を行う者の中にはこの背乗り朝鮮人が少なくないそうです(某○知事とか某政党代表とか某大臣経験者とか)
( ・ω・) 「夕方のニュースは都合により見れなかったのですが、5日夜放送の報道ステーションはこの発表を無視しましたね」