わが国の原子力技術の開発を社会との関わりから大雑把に捉えると、初期には原子力を直線上に置いて国や専門家など関係者が自らその上に目標を定めてあたかも遮眼帯をされた競走馬のごとくまっしぐらに走る、いわば「一次元」的な構造だった。
この段階では社会とのやり取りは乏しかった。
それが発電所など原子力施設の立地段階へと発展すると、原子力には原子力関係者と地域住民との間の面的な広がり、さらにチェルノブイル事故のように国境を超えた空間的な広がりが出てきた。
原子力が「二次元」的構造になった。この段階でも原子力に真剣に向き合ったのは、基本的にはその次元の中で原子力の利害に直接かかわる人々と原子力関係者に止まり、一般的・全国的には原子力は他人事であり、自分のこととして考えるには到らなかった。
ここで言う「次元」は物理学的な座標軸とは違った意味であることをお許し願いたい。
しかし3.11大震災と原子力事故によって、それまで「原子力に利害関係を持つ人々の領域の中のみ、あるいは国内に向けた視点のみ」に止まっていたわが国の原子力は一気に「社会化、国際化」された。
それは、わが国の原子力が人間の文化・文明の中で評価され、歴史の中でわが国の将来像にきわめて密接にかかわるもの、と認識され始めたことといえよう。
いわば原子力が「時間軸を含む多角的・多面的要素という軸」を加えた「三次元」的な構造の中に位置づけられたといえる。
このように考えると経済の国際化がますます進みつつある一方で偏狭なナショナリズム等が支配する「国や地域」も厳然として存在する中で、狭い国土に1億2千万の人口を抱える天然資源小国日本、外交力・自衛力に問題無しとしないわが国のおかれた地政学的・国際政治的な立場に改めて気づかされたのが、3.11ではなかったか。
しかし残念なことに社会の大方は、政治・マスメディアを含めてあたかも「原子力無ければすべてよし」とばかりに脱原発一直線だ。
初期の頃の原子力関係者のわき目も振らぬリスク含みの「一次元」思考に先祖がえりしたようだ。
市民民主主義社会に移行しつつある現在、「住むに値する」日本を造り上げる使命は議会制民主主義の下での市民・国民の手に委ねられている。
3.11を契機に社会全体が技術に依存する社会的リスクへの合理的で公正な平衡感覚を育てることは、次世代に向けての現世代の不可欠の役目であろう。
言うまでもなく先進文明国は低廉・安定な電力とそのためのエネルギー資源に支えられる。
明治文明開化以来電気事業者は安定需給の責務を負って原子力にたどり着いたが、3.11の衝撃は電力・原子力に急激な変革を迫っている。
拙速はわが国社会の劣化につながる危うさを内在することになる。
サイエンスライター 世野和平
この記事は2012/11/20の電気新聞に掲載されたものです