年間5000人もの方が亡くなる交通事故は、昭和の時代から比べると三分の一程度に減少したものの、悲惨さは増している。
なぜなら、その多くが運転者自身ではなく、他人がぶつかって起きる事故であるからだ。
ニュースによると、渋滞で停車している車にノーブレーキでの追突。
車線のはみ出しや逆走による衝突。
飲酒や薬物などの判断できない状態での暴走。
携帯電話やタバコに気を取られた操作の遅れ。
無免許など無資格者の運転。
いずれも今の技術で何とかならないものかと思う。
そんな折、あるメーカーの先進的な安全対策が施されている市販車の説明を受けた。
それによると、レーダーで前方を監視していて車や人と衝突しそうな時には自動停止する。
ウインカーを出さずに車線をはみ出すと警告ランプと警報が鳴る。
左右の後方から車が近付くと注意ランプや警報が鳴る。
クルーズコントロールが進化して一定の速度ではなく設定速度以下で前方の車に追随する、などである。
しかも各メーカーがこれらの機能を競って装備し始めている。
さらに自動車メーカーは、現在の技術を駆使した様々なアイデアを提案している。
例えば、ICカード化された免許証を車が認証しないと運転できない。
ハンドルを持った人の呼気からアルコールを検知する。
オンボードカメラから運転者の目を監視して居眠りを知らせる。
すぐにでも実現できそうな技術が磨かれてきている。
運転者にとって、上記機能があったら事故を回避できたのだが、という経験は少ないかもしれない。
前述の市販車の安全装置は数十万円の価格上昇につながり、いざ購入と言う段階でちゅうしょしてしまう。
今、都市部以外では、郊外のショッピングモール、幹線道路沿いのスーパーに客を奪われ、近隣の商店は閉鎖されてしまった。
また、遠方への移動についても公共交通機関はどんどん寂れ、通学時間帯以外は皆無に等しくなった。
すなわち歳とっても運転免許を維持しなければ、暮らしが成り立たない。
かつて車を持ちたいと思った団塊の世代が、高齢者の仲間入りを始めた。
これから第二の人生をという時に、交通事故によって他人の人生を狂わせることだけは避けたい。
そのためにも、大型トレーラーから軽トラに至るまで、全ての車の対人・対車の安全装備を義務付けてはいかがだろうか。
東日本大震災によって、人命の尊さを改めて認識することとなった。
自分の命の大事さを訴える以上に、他人の命を脅かす原因の削減に関心を持ちたい。
そのためにはリスクに対する判断力を養いたいことと、科学技術の追求によって、リスクを低減できることも学んでいきたい。
サイエンスライター 高岡章喜
この記事は2012/9/25
の電気新聞に掲載されたものです