6月29日、エネルギー・環境会議のもとで、「エネルギー・環境に関する選択肢」がまとまった。
7月半ばに意見聴取のための説明資料や、国民的議論の進め方が示された。
8月12日にはパブリックコメントの受付が締め切られた。
意見聴取会では、電力関係者は意見を述べて良い国民であるか否かなどが指摘され、その都度見直しが進められてきた。
マスコミも全体像より部分的に目立った動きの報道で世論をリードしてきた。
しかし、まず考えるべきは、この「エネルギー・環境に関する選択肢」そのものにバイアスがかかっていることである。
2010年6月に閣議決定された「エネルギー基本計画」はどこに行ってしまったのか。
我が国のエネルギーセキュリティーを守り、地球温暖化に対して貢献するためのシナリオであったはずだ。
そこには2030年時点での原子力比率50%、自然エネルギーも最大限活用し、電源のゼロエミッション率を70%にするとしていた。
また徹底した省エネ対策を施すこととしていた。
しかし今回の資料は、原子力比率が最高で25%にとどまっている。
なぜなのか?
「話そう エネルギーと環境のみらい」のホームページの「まずはここから!」に、2011年3月11日の大震災と原子力発電所事故が示され、これに伴う共有される方向性は「中長期的には原発依存度を可能な限り減らす」こととしている。
また、意見の分かれる論点として、減らすための時間と量、代替エネルギー、投入コストが示されている。
そもそも、国民の共通した方向性が依存度を減らすことであると、誰が判断したのか。
国民を愚弄するにもほどがある。
国民にはいろいろな意見がある。頭らから方向性を造りあげ、その中で選択肢を求めるのは如何であろうか。
国民が判断するためには、絵に描いた餅ではなく、現実的に企業や生活で必要な安定した電気が提供されるのか、電気代が将来的にどの程度になるか、それによって物造りや自分たちの暮らしはどうなるのか、などなど多くの要素があって、さらに選択肢のリスク、さらには科学技術の進歩によるリスク低減の可能性が示されてこそ、できるものであろう。
自然エネルギーへの依存を高めることは、供給の不安定さを招き、製品の品質低下を招く。
この防止には蓄電が不可欠であろう。
また、過去20年間で太陽光発電の設備コストは、多くの研究開発や導入支援資金投入で1/3程度になった。
将来数分の1とのコスト試算は、何が根拠なのか、電気代が上がると太陽電池生産コストも上がる。
バイアスのかかっていないデータを提供して、日本国民が将来的にも維持発展を遂げられ、国際的にも信頼されるような投げかけをしてもらいたい。
サイエンスライター 高岡章喜
この記事は2012/8/21の電気新聞に掲載されたものです