某大企業でプラントの運転に携わる古い友人が電話をかけてきた。
環境汚染物質の生成メカニズムに関するものだった。
その生成メカニズムから考えるとインプットガス中のある化合物濃度が平常時より増加の可能性が推定されるということだった。
じゃあ、ガス分析をすればよいのではないかと答えた。
ところが、確証がなければ費用をかけてガス分析を実施することを上司が認めてくれないという。
さて困った。ガス分析(あるいは実験)ができなければ、可能性のある原因を確認することができない。


 もし、ガス分析を行い、問題の化合物の濃度増加が裏付けられ、当のメカニズムが確認されれば良し。
次の課題はガス中の問題の化合物濃度をどう下げるかとなる。
一方、ガス分析で推論の結果が裏付けられなければ、メカニズムの見直しである。
結局、疑問はそのままにされた。
こうした取組みの仕方はささやかではあるがイノベーションの機会を失うことにつながるのではないかと思った。


 今、日本は政治の混迷、世界第二位の経済大国から脱落、出口なし不況、東日本大震災など元気のない状態が続いている。
日本企業は意識的にイノベーションを生みだす努力をする時ではないか?
現状の改善や新たな問題提起はイノベーションの好機である。
偶然何かのイノヴェーションが起こることがある。
その偶然を成功に変えた日本企業は多々ある。
しかし、重要なのは、偶然のイノベーションの機会を待つのではなく、意識的にイノヴェーションを生みだす努力- 偶然を必然に変える努力 - が必要なのではないか?


 前述の例では、費用をかけて分析を行い、結果を解析し新たな改善や課題を取り扱うのであれば、意識的にイノべーションの機会を生みだす努力といえよう。
とはいえ、プラントの運転で、いったん良好な運転条件が見つかると、成功経験として定着し、新たな条件を見出そうとする努力は希薄になる。
これは過去の成功経験にしがみつき、環境条件がかわってもそれを見ようとしないことと同じである。


 ヨーロッパは世界経済の覇者ならんと、戦後EEC(ヨーロッパ経済共同体)という国際共同市場を立ち上げ、グローバル化という戦略的イノベーションを起こし、近年でも、市場制覇のために国際標準化戦略のイノベーションを起こした。
アメリカは20世紀末から現在の情報化世界で、ITイノベーションのトップリーダーである。


 世界のパテントの60 %以上は米国・ドイツ及び日本が占めている(2000-2005累積)。
日本にはイノベーション力がある。
そろそろ日本が世界に向けたイノベーションを起こしてもよいころではないか?


サイエンスライター 新井隆介
この記事は2012/8/14の電気新聞に掲載されたものです