今、大飯発電所の定期検査後の再起動を巡る議論が盛んだ。
今夏の需給バランスという喫緊の課題に向けて再起動「是」の意見と、脱原発依存という長期的課題に向けての第一歩として再起動「慎重」の意見とが混交して問題を複雑にしているようだ。
しかしここには原子力発電を容易に「代替ができる単なる発電の一手段」としか見ない視野を感じざるを得ない。


 確かに、エネルギー資源を巡る熾烈な太平洋戦争が傷ましい原爆によって終止符が打たれた直後から原子力エネルギーの平和利用として始まった原子力発電はお膝元の米国でも「原子力発電は火力発電のボイラーを原子炉に置き換えただけ」と理解され、戦後の電力需要急増に対して電力会社の原子力発電の発注が急拡大した。
このころニューヨークのど真ん中に既設の火力発電所に原子力を併置する計画があったくらいである。


 しかしその後、米国ではTMI事故などを経て原子力の安全性が厳しく問われだし、「原子力発電は火力とはまったく違う」という認識が広がった。火力に代わる発電手段として最大の関心だった経済性に対しても、原子力発電の有する外部経済(社会受容や安心など)の重要性に注目せざるを得なくなってきた。
原子力は現代社会が直面せざるを得ない「科学技術と社会」の問題の嚆矢となったといえよう。


 わが国でも当初は、戦後復興から高度成長期にかけての電力需要増に対処できる「豊富で安価な電気の発電手段」に過ぎなかったが、二度にわたる石油危機に直面して原子力発電は「資源小国にとってのエネルギー安全保障」の位置づけとなった。
これはわが国が原子力開発当初から掲げていた「準国産エネルギー」としての意義を国際社会のなかで現実に実感した事態であった。


 そして今日、原子力が電力供給の3割に達したとき、わが国が原子力発電・原子力技術を保持する意義は、単なる「エネルギー安全保障」を超えて大きく変質したのではないか。
誤解を恐れずにいえば、わが国にとって原子力は国際社会における国と国民の存立・生存にかかわる「国家安全保障」の位置づけになった、といえよう。


 すなわち今日まで約5000万KWの原子力プラントを製造・建設してきた歴史とそれを支えた技術力・人間力などの蓄積は、今やわが国の経済や技術など社会的基盤に欠くことのできない”資産“の一つとなっていることであり、その最大ともいえるものは、非核兵器国として平和利用に徹したわが国の原子力開発に寄せられる国際社会の“信頼”であろう。
3.11事故を踏まえて半世紀の発展過程で内在した原子力界の欠陥を排除して抜本的な改革を成し遂げてその信頼に応えることこそ90億の人口の地球への貢献の第一歩だ。



サイエンスライター 世野和平
この記事は2012/5/22の電気新聞に掲載されたものです