昨秋、水銀に関する国際条約の制定に向けてUNEP(国連環境計画)の水銀条約政府間交渉委員会第3回会合がケニア・ナイロビで開催された。
われわれ多くの日本人は、水銀と聞けば反射的に水俣を思い浮かべるであろう。
しかし、この水銀条約は水俣病を考えただけでは、本質的理解を欠くことになると思われる。
水銀条約制定のきっかけは、UNEP「地球規模の水銀アセスメント報告書」(2002年)である。
この知見に基づき、人為的水銀の排出を削減して人及び野生生物が被るリスクを低減するために速やかに国際的行動をとる必要があると認識され、本格的国際的取組が始まった(2003年UNEP管理理事会)。
2009年に法的拘束力のある措置を作成するこが合意され、現在まで3回の条約交渉会合が開催されている。
なぜ国際条約を作る必要があるのか?主要点は水銀が「グローバルな汚染物質」であるとの認識である。
水銀は金属でありながら常温で揮発する特性を持っているため、いったん人為的排出源から出ると、その近傍にとどまらず、形態変化や大気中輸送を経て、広範囲に土や水面などに沈着し、そこを二次排出源として再び別な地点へと輸送・沈着し、これが繰り返され、地球上広い範囲の環境が汚染される。
その過程で食物連祖を通して生態系に濃縮し、人がそこに生息する魚介類等を摂取すれば健康影響が懸念されることになる。
さて、条約(ドラフト UNEP(DTIE)/Hg/INC.3/3)であるが、水銀の供給源・使用(消費)・廃棄も含め地球上における人為的な水銀のマスフローを全体にわたってできるだけ最小化することを狙っていることが読み取れる。
水銀サイクルに係る供給源、国際貿易、製品及び製造プロセス、小規模な金採掘での使用、大気・土壌・水環境への排出減、保管、廃棄及び汚染サイトがすべて排出抑制(排出ゼロも含め)の対象となっている。
こうしたアプローチはEUの環境政策の主軸になっている統合的な環境汚染防止管理である。
これを進めていくことの意味は何か?
技術の視点から見れば、従来の産業工程への追加的(事後的)なエンドオブパイプ技術の適用による環境汚染の低減のみならず、製品や製造プロセスでの水銀使用を制限あるいは廃止し、やがて、産業工程全体として水銀の使用を抑えたクリーン化を目指すものであることが見て取れる。
これは言わずもがな持続可能な発展を目指した、天然資源消費を最小化かつ環境負荷を最小化するクリーンテクノロジーへのパラダイムシフトである。将来、水銀条約の成立が、水銀のみならず地球上で使われている多くの有害化学物質の排出抑制のターニングポイントになることを期待したい。
サイエンスライター 新井隆介
この記事は2012/1/24の電気新聞に掲載されたものです