今回の福島事故が社会に与えた影響は、脱原子力・自然エネルギー指向など国の中長期のエネルギー政策の見直しを迫っている。
端的にいえば従来、原子力の安全確保には「人の健康と環境に影響を与えないよう事故防止に万全を期する」としていたのに対し、今回、実害の有無にかかわらず「放射性物質の大量放出を伴う事故の発生自体」がもたらす“社会的不安”という、技術的対応を超えた心的な影響の深刻さを明らかにした。
人の心を揺さぶるこうした面については残念ながら従来の原子力開発では配慮が足りなかった。
これもエネルギー政策見直しを求める強い声の背景にあるだろう。


 しかしこの事故にたじろいで原子力利用の本質的な意義を見失ってはならない。
1945年、わが国は米国の対日石油輸出禁止を引き金に始まったエネルギー資源争奪をめぐる太平洋戦争に敗れ、1952年、サンフランシスコ条約によって独立を回復し、「新しい平和国家」建設をスタートした。
この翌年の1953年、国連総会で「平和のための原子力」提案がなされ、わが国は戦後復興と国づくりに不可欠なエネルギーの一つとして、核兵器には絶対に手を染めない決意のもと、「原子力の平和利用」に夢を託した。
わが国は非核兵器保有国として「平和のための原子力の利用」に乗り出した世界最初の国であり、それから半世紀、さまざまな難題を克服しつつ平和目的の原子力技術・エネルギーシステムを営々と築き上げてきた。


 今、世界はエネルギー資源をめぐって局地的・国際的に緊張が高まりつつあるという。
中国・インドなどこれから発展を志す国々は、そのための基幹エネルギーを、対外的な緊張を来たさないよう自国内で開発する原子力発電に頼ろうとしている。
文字通りこれらの国は「平和のための原子力」開発の大きな流れの中にある。
こうした国際情勢の中でわが国はこれらの国々における原子力平和利用の進展と成熟に、わが国での成功・失敗の経験を踏まえて技術面・制度面などに真摯に協力していく歴史的使命を持つ、と考える。
このためには、これまでどちらかといえば国内視点・国内志向だったわが国の原子力技術・技術者システムや推進・規制などの法令・制度あるいは事業者のあり方、社会との関係などを抜本的に見直し、“開かれた原子力”に向けて徹底改革して社会的・国際的に信頼を回復しないことにはどうにもならない。


 エネルギー市場はダイナミックに動いている。現実的にわが国は原子力を直ちに止められないとすれば、原子力も自然エネルギーもその間、より高きレベルを目指して共に「進化」する。
その結果いずれが社会に選択されるか、そのときこそ双方共に正念場である。


サイエンスライター 世野和平
この記事は2011/6/28の電気新聞に掲載されたものです