社会に技術の旬、というものがあるとすれば、今は電気自動車がその一つであるとしてもあまり異論は出ないように思われる。
高性能電気モーターに必要なレアメタルの価格高騰や、そもそもの入手が危ぶまれるような状況もあって、電気自動車に係る記事がマスコミを賑わさない日はないと言って良いくらいだ。
例えば、日本を代表する自動車会社のひとつは、間もなく新型電気自動車を発売する予定だ。
予定されているスペックでは、その最高速度は140km/h以上だという。
車としてのパッケージングもなかなかの仕上がりとなると期待されている。


 ところで、筆者もある大学の講義で、パワーとエネルギーの違いについて話をするのであるが、どうも関心がない、と学生の顔に書いてあるような気がする。
この例に限らず常に筆者の心にひっかかっているのは、いわゆる文科系の教育を受けた人々が、この両者の違いについて理解しているのだろうかという疑問だ。
これは太陽光発電に係るテレビ局各社のニュースキャスターの発言を聞いていて、首を傾げざるを得ない場面をたびたび見るからだ。


 元に戻ってこの新型電気自動車がテレビニュースで紹介されるとすれば、当然のようにそのガソリン車に劣らない最高速度を取り上げることになるに違いない。
しかしながら、電動モーターの出力が80kW、バッテリー容量が24kWhのこの車が、全出力で走行するとバッテリーは20分足らずで空になってしまうことについては言及されるだろうか。
ウェブを検索すればすぐに出てくるのであるが、この新型電気自動車で夏期にエアコンを使いながら都心の渋滞の激しい道路を走行すると、平坦な土地を一定速度でエアコンをオフで走行する場合に比べて、走行距離が約三分の一となってしまうと予想されている。


 さて、自動車に関しては今年の秋以降に、スバルがその水平対向エンジンの新型においてフリクションロスを実に約30%低減させたという発表や、マツダが燃費30km/Lを達成し得る車のための世界一の高圧縮比を持つ直噴エンジンを開発したという発表があった。
現代社会のインフラや資源の状態を考慮すれば、大いに技術的かつ現実的な進展が我が国の自動車業界にあったというのは心強いことだ。
理工学的知識は、社会を現実的に進展させる上で欠く事ができないのは当然のことであるが、残念ながら理工系の知識を持つ人々が世論を先導する政府やマスコミで主流ではないことは事実として認めざるを得ない。
認めざるを得ないゆえに、筆者を含む理工系の人間は少なくともパワーとエネルギーの区別を一般社会により広めるという不断の努力がどうしても必要である。
社会はkWhで動いているのであるから。

サイエンスライター 朝田培九
この記事は2010/11/30の電気新聞に掲載されたものです