昨年NHKから、海外取材を混じえた原発解体のドキュメントが放映された後、原子力関係者、特にわが国で実際に解体作業に携わった技術者たちから技術的見地からの正誤について、またバックグラウンド音楽を含めたストーリー展開から伝わる暗さが原子力のイメージを不当に損なう危惧についてかなり意見が寄せられたようだ。
情報も市場商品であるからには売れる商品を扱うのは当然だろうが原子力の情報は”悪い情報ほど良い商品“の社会、ましてや視聴者に信用されやすいテレビ放映となると、関係者の苛立ちもわかる。
公共放送であるNHKが何故?という思いも、NHKに社会への啓蒙の役割を期待するからだろう。
ことの良し悪しをここで論じるつもりはない。
しかし20世紀に比べて社会は今世紀に入って明らかに市民主役の市民民主主義の流れになっている。
選挙時に出される政党のマニフェストは、市民一人ひとりが自分のこととして物事を評価・判断しつつ選挙を通じて政治に参加する意識が高まっている。原子力についていえば、放射
線・放射能に対する“いわれなき不安”感が市民の評価・判断に予断を与えているとすれば由々しきことだ。
ニュースや娯楽以外に社会がマスメディアに期待する役割については様々な論があるが、筆者は究極的には為政者・権力者と社会の間に立って「社会から彼らに向けて鳴らす“木鐸(批判・警告)”」と、「為政者が社会に向けて鳴らす”木鐸(伝達・啓発)“」との2面の役割があるように思う。
国内外を問わず科学技術がこれからの社会に大きな影響を及ぼすどころか社会を方向付ける、ということも間違いなかろう。
とすれば、科学技術に関する市民の誤り無い評価・判断を支援し促すように科学技術的な常識・知識や考え方の伝達・啓発に重きを置くことも、従来以上にマスメディアの役割として重要になり期待されるのではないか。
しかしマスメディアには理系人材が極めて少ないといわれる。
その一方で科学技術者達のこれからの役割として社会との対話・知識の伝達・普及が重要だ、と学校では教えられる。
こうした状況を踏まえたとき、マスメディア、特にテレビなど視聴覚中心の分野に理系人材をより多く採用し科学部に限らず報道部等広く理系人材を配置して活躍させたい。
マスメディアを通じて社会は科学技術に接し、感性豊かな理系人材にとっても社会と向き合う新たな職域としての魅力が大きいと思われる。
科学技術者には真理の探究や技術の開発の分野と同時に社会への科学技術知識の普及・伝達の使命をあることを忘れてほしくない。
サイエンスライター 世野和平
この記事は2010/8/31の電気新聞に掲載されたものです