法令順守について、最近の動きは過剰対応ではないだろうか?
悪法も法なりは理解しているつもりだが、科学技術的に納得性のないもの、或いは、実業とかけ離れて、数字だけが独り歩きして、その数値のみを過大評価して、本来、実態の一側面でしかない数値をある事象の全てのように取り扱い、ズームアップして周辺の正常な状況、情報をも歪めてしまう報道やそれに伴う評価が多く見られるように思う。
ある現象を表す数字は、条件付き数字である。
例えば自動車の速度計は、誤差を持ち、かつ交通状態等により速度を厳格に一定で運行することは難しい。
自動車にとって速度超過は重要な法令違反だが、制限速度100kmを101kmで罰金などという、厳密な数値だけで取り締まることはしない。
ところが、100万kwの出力で許認可されている発電所が、出力101万kwという運転記録がある場合、官より、厳重注意が為され、再発防止策が求められるという。
比較が不適切であるとの批判は受け入れるが、自動車は早く走って時間を短縮することが使命であり、1km/hでも速く走ることが求められている。
但し、速く走り過ぎて、衝突したりしては道路が混雑し、引いては社会混乱招くので、法令速度がある。
発電所も電力を1kwhでも多く生産することが使命である。
しかし、多く発電し過ぎても誰も困らない。
もちろん、多く発電するために、圧力や温度を上げ過ぎて爆発するようなことがあっては社会混乱を招くので、蒸気温度や圧力には制限を設けてある(最大設計出力という定格出力を上回っても安全な許容値も設けてある)。
同様の生産工場である自動車工場は、一台でも多く自動車を生産することが使命である。
月産100台で設計された工場で、月産101台生産したら、褒められることはあっても、咎められることはないはずである。
少なくとも、発電所で出力が定格出力を1%超過しても迷惑をかける実業はない。
一発電所が安全を損なわずに少しでも多く発電することは褒められてしかるべきである。
でも、官に届ければ「官が許可した出力」を超過したという違反になるという。
その他にも、電気工作物工事等の着工前届出で30日前届出という法令があるという。
29日や28日前でも実業に影響はなく、30日前という30日間の根拠も乏しいのに、法は法なりの論理で、行政側も事業者側も納得して厳格に30日を守るという。
これでは、社会秩序に全く混乱を与えないのに、許認可権を持つ官のための官の法令ではなかろうか?
官のための法令は、社会資本の浪費を省みない、法治国家ならぬ浪費放置国家ではなかろうか?
無意味で労多き規制を放置すれば、日本産業は国際競争力を失う。
行政側も事業者側も、必要最小限な規制に向かって最大の努力をすべきではなかろうか?
サイエンスライター 古井 サブロウ
この記事は2008/3/25の電気新聞に掲載されたものです