急激な変化の大波に木の葉のように舞う日本の年明けである。
何がどうなったのか。なぜこんなに急激なのか。
大隕石が東京に落ちたような、日本列島が突然半分沈没したような激変である。
前触れがあったのかなかったのか。
アメリカが風邪を引けば、日本は肺炎になるというのは昔話ではなかったのか。
最近あまり聞かないが、カタストロフィーである。
因果関係から離れた、不連続な大変化、カタストロフィーである。
あの偉大なる優良企業「トヨタ」が2兆円の黒字から赤字になるという。
なぜ、そんなに急な変化が起こり得るのか。金融業ならともかく、大規模製造業としてそのような急激な変化は理解の範疇をこえる。
自動車販売の落ち込みは昨日始まったことではなく、普通車から軽自動車への乗り換えが著しくなってから久しい。
為替差損は、いずれ為替差益による原材料費減で一部回収可能では。消費者心理を読み誤ったなら、マーケティングは意味をなさないし、その市場心理の多くを大企業が直接間接に左右している。
厖大な裾野産業を有する大企業がパニックに陥り、拙速な対応を行えば雪崩式の負の洪水を巻き起こす。
大企業がリストラし、そのリストラされた弱者を行政が救い、中小企業は苦しい経営にも係わらずリストラの誘惑に耐えて雇用を守るというという巨大企業が小人と化し、小人が大局的な見地にいるような状況である。
市場主義を賛美した大企業は、その市場を守るため、その市場が急変しないようにあらゆる努力を払っているのだろうか。グローバル化した大企業が、グローバル市場の被害者のように振る舞い、グローバルな不況での被害をリストラというカウンターメジャーで対応するという業態は、あまりに無責任ではなかろうか。
需要と供給の市場で、需要が縮小したなら、その需要をそれ以上縮小させない対策を打つべきであり、さらに需要を盛り返す販売促進、利益減覚悟でディスカウントしてでも拡販すべきであり、あらゆる需要振興の後で供給減の措置をとるべきではなかろうか。
少なくともプリウスが売れ残って安く買えるという情報は聞けなかった。
予約過多で数ヶ月待ちの車が、経営の心理的パニックで製造減になり、更に市場を冷やすという悪循環を起こしていなかっただろうか。
グローバル企業が、市場を単なる猟場と捉え、弱肉強食的に食い荒らし、食い尽くした市場を捨てて行くならその行く末は如何に。
市場主義企業は最後までその市場に残り、市場を守る責務があるのではなかろうか。
天変地異の時も、電力業界は内部留保の放出を含め、あらゆる犠牲を払ってでも電力インフラを守り、電力供給を維持しなければならないように。
サイエンスライター 古井 サブロウ
この記事は2009/1/20の電気新聞に掲載されたものです