原因はともかく、不況の波は確実にやって来ている。
電力業界もこの波には逆らえない。
電力需要も落ち、発電所の稼働率も下がりつつある。
経費節減、リストラ等の不況時の経営施策が講じられると思われるが、社会のインフラストラクチャーを担う電力会社は、より広く高い視点でこの不況という好機を捉えて欲しいものである。


 なぜ、好機か。
是非とも、振り返って頂きたい。
戦後の高度成長の後、シャパンアズナンバー1とホメ殺しに、バブルが弾けて右往左往、市場優先・規制緩和でいざなぎ越えと調子にのって、黒船ファンドに脅かされ、一息ついたら、百年に一度の大不況に見舞われた。


 さて、この間に失ったものは、如何に。いろいろ失った中でも大きなものは、技術に対する視点ではなかろうか。
昔話で恐縮だが、高度成長はバカがつくほど正直な技術屋が支えていたと考える。
服装や外見に頓着せずイケ面で無くても技術屋は社会から尊敬をされていたのではなかろうか。
原子力技術者など最先端技術者として、本人も社会も将来を切り開く最高の担い手として期待されていたのではなかろうか。
それが今は昔。
日本の大学から原子力工学という名前が敬遠され、原子力技術者は何か特別な人間のように、少なくとも社会から尊敬される対象から外されてしまったように思われる。
彼らの仕事は昔以上に高度で困難な問題に立ち向かわざるを得ないのに。
原子力は典型であるが、他の技術者も同様の憂き目にあっているのではなかろうか。
技術を維持向上するのは並大抵の努力では出来ない。
技術者を維持育成する指標は、少なくとも単年度収支や利益率で評価出来ない。
しかし、多くの企業家やファンドは技術もマネーで評価できると考え、単なるサービス業務と捉えてアウトソーシングの対象にしたりしてきたのではなかろうか。
技術は一つの構造体のようなものではないか。
切ったり貼ったりすれば構造は歪み、特に単純に見える基礎部分を省略すると、一見コンパクトな先鋭技術に見えるが、いずれ基礎から瓦解するようなものではなかろうか。
油と汗にまみれた現場を忘れ、工場の収支だけを見て技術を評価出来ないように、派遣社員に末端業務を任せることで正社員は末端技術を忘れ、工場を末端技術なしで操業しているように錯覚し、全体としての技術が失われていくことに気付かないという恐れがないだろうか。


 技術屋を適当に査定評価して、生かさず殺さずで社畜化して来た訳ではなかろうが、社会は技術系社会人を軽視し、それを知ってか知らずか、若者は苦労して技術を習得することに耐えられずいる。


 まさにこの不況時、お金は無いが人と時間に余裕の出るこの時にこそ、技術を見直す好機にして欲しいのだが。



サイエンスライター 古井 サブロウ
この記事は2009/2/17の電気新聞に掲載されたものです