Dear Ayrton
あなたをはじめて知ったのは、たしか1987年のことでしたね。 気付けば、もう27年前の話。 そのとき、あなたは、黄色いレーシングスーツを着て、がむしゃらに走る姿が印象的だった。 当時のターボエンジンは強大なパワーを出し、力いっぱい進むマシンだった。
次の年。 あなたは、マクラーレンに移籍。 プロストとのコンビで、年間16戦15勝という、とてつもない強さを見せた。
そして、忘れもしない名レース、鈴鹿。 ポールポジションのあなたは、スタートでエンジンストールして、そのあと再スタートする。 あっというまにうしろのほうになったのに、次から次へと抜いていく。
ついに、2位まで来たあなたを、これ以上ない興奮でテレビを見ていたボク。
鈴鹿の最終コーナー。 前を行くチームメイトに追いつき、並び、そして、抜いていく!
あのヘリコプターからの映像は、いまだに記憶の中に鮮明に残っている。 ついに、トップ。 そして、祝福の雨。 雨では圧倒的に速かったあなたが、鈴鹿では祝福の雨。
チェッカーフラッグを一番に受けたあなた。 はじめてのチャンピオン、でした。 カメラの位置を知っているかのように、ガッツポーズをしながらウィニングラン。
ほかにも。 たくさんの印象的なシーンを見せてくれました。
ジャン・アレジとの勝負をした、1990年アメリカ。
予選ではうしろだったにもかかわらず、雨の決勝であっというまにトップに出たドニントン・パーク。
地元、ブラジルでの初勝利のとき、ウィニング・ランのときは、無線で赤ちゃんのように叫び続けて喜んだ。そして、表彰台で自分にシャンパンを頭から。
次のブラジルでの勝利のときも。 大勢の観客の中でマシンを止め、マシンの上で両手を挙げるあなたは、まさに、英雄でした。
勝てないことに悔しがり、テレビを使って日本のホンダに、エンジン開発をお願いするあなた。
ついに、勝てるチームに移籍したのが、1994年。 あなたは、またチャンピオンになるためにシーズンをスタートさせたのでしょうね。 でも。
1994年5月。 イタリアで。 スタート前の表情には、勝とうとするアスリートの目。 いつものように神経をたかぶらせて、走りに集中しようとしていた。
まさか。 あそこで。 自分の人生を終わらせるとは、思ってなかったでしょうね。
ブラジルに帰ってきたあなたは、サンパウロの街を。それこそ、国民全体が見ている中を。静かに。
棺に国旗が巻かれることは、あなたが英雄であり、偉大なアスリートであった証、ですね。
あれから、20年。
いつしか、あなたの年齢を超え、ボクはまだ、こうして生きています。
あなたから学んだ、常に全力、という気持ちを、どこまで維持できているのか、わからないけど。
今、どこにいますか? もしも、魂とか天国というものがあるなら、まだあなたは走っているんでしょうね。もちろん、全力で。
あなたが愛したモータースポーツは。 いまでも続いていますよ。 あなたには失礼なことかもしれないけど、F1は安全性を向上させて、あなたの次に死亡する事故は起きていません。
これからも。
あなたが愛したモータースポーツをボクも愛し続けて。 おそらく、一生。 興奮と感動、そして喜びを。
サーキットは、いまでも神聖です。 あなたが愛した鈴鹿は、すばらしい場所です。おそらく、永遠に。次の世代も、あの場所で多くの人が感動を味わうでしょう。
10年後。また、思い出話を、しようか。 世界は、あなたの節目を教えてくれるから。 それまでに、もっとすばらしい、あなたの見てないモータースポーツのことを、語るよ。
Dear Ayrton
2014.5.2