何年ぶり、だったんだろう。 まだ走ってることを知ったのは。
筑波でのF4だった。 なつかしい水色を見つけた。 フォーミュラで元気に走ってることを知った。
サーキットの目の前にあるガレージで、同じ水色のマシンを見つけた。
この水色が似合うマシンだった。
まだ改装前の鈴鹿。2007年にここで走っていたから、5年前だったのか。
2001年。フォーミュラ・ニッポンではじめて存在を知り、その後もGTなどでドライブしていた。 サーキットに行くと見かける水色に、なぜか落ち着いた気がする。
決して、速くなかった。 どちらかと言えば、周回遅れで目立っていた。
「お金持ちが道楽でレース出るなんて」と、変なやっかみも持っていた。 奥さんと娘さんを連れ添ってレースに出て、しかもレースクイーンを用意して。 どんなにイヤな人かと思った。 なぜか、レースのエントリーリストに名前を見つけると、「またか。。。。。」と思った。
でも。 それはただの思い違いであった。
チームのLeyJun は、奥さんとお子さんの名前を一文字ずつ取ったものであった。 そして、正式名称は、「RF LeyJun」 レーシング・ファクトリー? いや、違います。
レーシング・ファミリー LeyJun だった。
誰よりも家族を愛して、家族が喜ぶことを愛して、そして、レースも愛していた。
パドックでは楽しげに話す姿を見かけた。 その顔は、決してお金持ちの道楽にありがちなイヤミな表情ではなく、家族に愛情を持っている男の表情だった。
秋晴れの鈴鹿サーキット。
リールレーシングのボンネットに、「RF LeyJun」のロゴを貼り、Zに乗っていた彼は。 チームのイメージカラーと同じ水色の空の下で。
空に旅立って行った。
この姿を見たのが最後になるなんて。 真夏の筑波では思ってもいない。 そして、今日。 こんな記事を書くなんて、思ってもいなかった。
日本のジェントルマン・ドライバーとして一流でした。 サーキットでこの水色を見れなくなるなんて悲しすぎます。
合掌
(きのうのジャパンカップレポートを書こうとしたけど。 ニュースが入ってきて、変更しました。)



