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2018年5月11日(金)、旧東海道歩き旅 その19
今回も頑張って早起きできた。JR、新幹線、名鉄を乗り継いで予定より1時間早く豊橋、新安城に到着。座りっぱなしのせいなのか、昨日までの仕事の疲れなのか腰が少し痛い。まぁ今日は少し余裕のある行程だから大丈夫だろう。新安城駅前で少しストレッチをして歩き始める。
少し江戸よりに戻り、11時「里町4丁目東」交差点、農協のやっているスーパーのところ。
松を植えて街道っぽい雰囲気を再現しようとしているのかしら。天気すこぶる良い。
11時40分 「来迎寺一里塚」両側の一里塚が残っている。この塚の間が当時の道幅ってことだよね。結構広い道だったんだな。場所によっては狭いところもあったんだろうけど、これくらいが基本だったのかな。
12時 「池鯉鮒の松並木」入り口。ローソンで休憩。店内は他に客が一人もいなかったので先にトイレを済ませて戻ってみると、レジに長蛇の列ができている。近くの工場が昼休みに入ったらしく、ワサビとろろ蕎麦を買うのに10分近く並ぶ羽目にあった。でもきちんと休憩のある仕事はいいな。今の仕事まともに休憩取れたことこの2年間一度も無いもの。
ローソンの前で結構しわくちゃなババアが運転する軽自動車が入ってくる。ババアが降りてきたら膝上15cm位のミニスカート。思わず蕎麦を吹いちまった。年齢制限は無いですけど、
12:40池鯉鮒宿 ご当地マンホールは杜若(かきつばた)。在原業平の歌が由来。
13:00 知立古城址の大きな楠の木の下で一服。木の香りが心地よい。
知立神社を過ぎ、逢妻橋を渡ると再び国道と合流して道の右側を進む。
歩道橋の辺りに一里塚の址があるはずだけど、道の反対側なのかまったく分からない。
200mくらい先を右斜めに上がり、一旦裏道みたいな筋を進み、もう一度国道に出たかと思うと旧道は歩道橋を渡って反対側に続いている。
14:00ころ、「乗願寺」まえを通過。地図上のどの辺りを今、僕は歩いているのでしょうか。道は外れていないはずだけど、あとどれくらい進まなきゃいけないのかわからない。天気は良すぎるくらい。
14:10 富士松駅前の交番脇で一服。おまわりさんがこっちを見てる。ここは禁煙なのか?
喫煙所らしきものが見当たらないからしょうがないじゃん。
10分くらい休んで再び歩き出す。「今川町」交差点、国道を地下道でくぐり斜め横断。すぐ「境橋」、「境川」。ついに三河を歩ききった。尾張へ侵入。
橋の上でパチリ。いったい何本の高圧電線が通っているのでしょう。
14:55 国道1号345km地点。
15:05 「阿野一里塚」相変わらずの通り一遍の解説板あり。
ちょっと進むと百年前に建てられたという呉服屋さんを取り壊し中。近くの横断歩道で緑のおばさんが教えてくれた。3月までは営業していたらしい。ちょうど「三田邸・明治天皇お休み処」の前。
15:45 中京競馬場駅付近、「桶狭間古戦場」に到着。
正直いえば、戦国時代にそれほど精通していないのだけれども、今川義元が敗れて信長の快進撃の始まりの地点と思えば、何か特別な場所のような気もしてくる。史跡公園内をしばらく考え事をしているかのように散策してみる。
それよりも駅近くのハンバーガー屋さんが気になる。何だかとってもおいしそう、だけど今夜は名古屋飯を何か堪能しようと思っているので看板とメニューをじっくり眺めるだけで通り過ぎ、先に進む。
16:15 程なく「有松」の町並みに入る。
立派なうだつのあがった家が続く。大層栄えてたんですねえ。土産物屋でも売ってるものはナカナカ良いお値段でちょっと買おうとは思えない。「有松絞り」ってそんなに高級なものなのですか?
「有松の一里塚址」 ちょうど名鉄の踏切。頭上には巨大な道路の高架。巨大すぎる高架の道路。人の造るものはここまで巨大になるのか。
17:00 「鳴海宿」の棒鼻っぽい角を通り、「本町」交差点に辿り着く。左に折れれば鳴海駅。今日はここまで。
名古屋大須観音近くのホテル、大浴場は他に入ってくる客も無くすこぶる満足。隣の部屋の客は関西弁のとんでもなく騒がしい家族で、ドアを開けっ放しで騒いでるから煩いのなんのって。晩飯は少し歩いて「矢場とん」でロース味噌カツ!! 一口目でホント気絶しそうになりました。うまかった。
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