病院に行った夜、
鬼姑さまは
早く寝るといい、
いつもよりは早めに床についたのでした。
夜、いつものように
舅が帰宅したら
とたんに鬼姑は起きてきて
『じいちゃあ~ん
わたし、とうとう
ガンを宣告されちゃったぁ
もう畑とかできんで
どうしよう
』
と、気持ち悪い猫なで声…。
じいさんとの関係が
日頃から構築されていれば
病院だの何だのは
普通、旦那であるじいさんが
付き添うものなんじゃないかしら。
それに、息子や娘は
仕事があるから気の毒で?
鬼姑、
わたしに向かって
何て言ったと思います?
『もう面倒みてもらお
よろしく』
ですよ。
あんた、
いままで20年間
わたしにどんなことしてきたか
まるで自覚症状ないのね…。
そんなセリフ
平気ではけるなんて重症よ。
私は17日年前に
あんたが吐いたセリフを
今も鮮明に覚えてるわよ。
・・・・・・・・・
ポチ(下の子)が生まれて
まだ3ヶ月もたたない頃だったわ。
モンキチ(上の子)もまだ2歳で
私は子育てに追われてた。
そんなわたしに
あんたはこう言ったよね。
『もうひとり
女の子を産んどきゃあ
娘はいいに
年取ってからも
話し相手にもなるし
嫁さんなんかだめだに。
嫁さんなんて
絶対だめだに
やっぱり娘のほうが
いいに決まっとるんだで
もうひとり女の子
産んどきゃあ
』
このとき、私は27歳でしたよ。
まだ、精神的にも不安定で
毎日が窒息しそうな
そんな生活でした。
なんのために結婚したんだろう
どうして自分はここにいるんだろうって
毎日そんなことばかり
考えていた頃でした。
当然、そんな頃も
戦闘能力は持ち合わせていなかったので
「あ、おむつ替えなきゃ
」
といって部屋から出て
こっそりと
悔し涙を流していました。
その言葉は
深い傷となり
私の心にしっかりと刻まれたのでした。
そして月日がたち
いざ自分がガンとわかり
誰かの手をかりなければならなくなったとき
真っ先に出てきたのが
娘ではないじゃないですか。
あの時の
わたしの傷跡がうずきますよ。
それは当然でしょ。
刻まれた傷跡が
悲鳴をあげてます。
それでも私は
やらざるを得ないわけなんだし
旦那や義妹から
頭のあがらない存在になるために
私は動きますよ。
だから勿論それは
1ミリも鬼姑のためでは
ありません。
自分のためだけです。
その日のうちに
旦那は義妹に連絡をしました。
しかし、義妹から
家に電話があるわけでもなく
私にメールがあるわけでもなく
鬼姑の大事な大事な娘は
いざとなったら
こんなもんなのでした。
告白から二日目の今日、
義妹から私に
メールが届きました。
長くなったので、つづく・・・・。
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忘れもしないわ。