震災以来、節電の為駅や会社では照明や空調がカットされています。
この状態について感じたことを勝手に書きます。
とにかく、この節電モードは大歓迎です。
会社で夏はクールビズでエアコンは控えめなのに、冬はガンガン温めていて、夏より暑くてすごい気分が悪くなったくらいでした。腕まくりに下着も夏用にしても暑い暑い・・・・。冷え性の私が暑いと感じるくらいだから、男性陣は地獄だったと思う。むかつくから、何度も設定温度下げたり、電源切ったりしても誰が戻す。その誰かってのが、外とつながる廊下に近い中年女性陣なのだが、笑えることに廊下側のドアは開けっ放し、作業衣の上にカーディガンなどをはおるなどの改善策は全く無し。とりあえず暖房を無駄使いする。頭悪いのかと思った。
節電以来、まだ寒い3月でも空調は切られパソコンと人の熱で調度良い室温が保たれて、ホッとしました。
また、駅での照明カットも良いでしょう。
暗めの駅や繁華街を歩いたとき、何か記憶の引き出しがくすぐられる感覚がありました。
そう、海外旅行気分なんですよ。
たくさんの国とは言い切れないけれど、旅行でアジア・ヨーロッパ・南米で十数ヶ国訪れましたが、私が訪れた中で日本くらい夜が明るいのは香港くらいでした。
海外はそんなに電力無いし、ヨーロッパ人は暗いムードを楽しむ人種なので照明や空調ガンガンというのは少ないです。上ランクホテルの部屋ですら全照明点けても、ムーディな暗さ。人気のビストロも暗い暗い。
パリ北東部のホテルに泊まった時は治安が良くないところだったから、夜の9時までにはホテルに入るようガイドブックに書いてあったのだけど、10時過ぎてしまったときはドキドキした。駅がホントに暗いし人が少ないし、ルンペがうろうろしてて、怪しい移民系の男が怒鳴ってきたりと、暗闇に誘われてよからぬものが湧いてくるよう。銃はむき出しの警官も逆に怖い。
南米なんかもう夜の7時でヤバイ暗さで、若い女がひとりであるこうとは思えない(ブエノスアイレスでちょこっと夕食の為にひとりで外出たときは相当の覚悟がいりました)。ペルーでは観光バスの室内照明点けて走ると、目立ち過ぎて強盗に襲われるからとバスの照明まで切るくらい。こわっ。
とになくそんなこんなで、日本は明る過ぎたのです。そのかわり治安も良く、夜でも若い女が繁華街でひとりで遊んでもさほどの危険はないのです。
なぜこんなにも明るかったのでしょう。
私なり勝手に考えたのは、まず日本の文化がアメリカナイズドされているから。
決してアメリカを否定しているわけではありません。アメリカは偉大です。アメリカの好きなバンドもDJもたくさんいます。
でもやっぱり、うちの親世代(団塊世代)は貧しい子供時代を抜け出してこの日本を作るとき、豊かなアメリカに憧れてアメリカの真似してアメリカ白人のような暮らしが目標だったようです。電気をじゃんじゃんばりばり使った暮らし。煌々とネオンが輝く楽しそうな繁華街。実際のアメリカは全土でそんなことないでしょうけど、映画や本ではそういう面が際立ちますからね。そんなアメリカに憧れていたと言ってました。あまりに家に物が溢れているから、なんで使わないものをそんなに買うのかと問いただすと、「戦後生まれで貧しかった、物が無いと不安になる」と言ってました。
だから、物だけでなく光にも同じことが言えるのではないでしょうか。光が煌々とついた家やお店、街は豊さの象徴だったのではないでしょうか。そして戦後の貧しさも抜けきったころ、バブル到来。実際バブルがどうだったは幼稚園児だったのでよく知りませんが、もう繁華街はギンギンギラギラの世界ってイメージです。
また、近くの大きな都市、上海や香港などがとても煌びやかで、同じ東洋の街としての発展の指標にもなったのではないでしょうか。フランス人でパリは高い建物はないし薄暗いが、東京はビルが乱立してて煌びやかで憧れるということを言う人もいます。こうしていつの間にか、戦後数十年しか経たないのに、すっかり光で日本列島の形がわかるくらいの国になってしまいました。
わたしは恥ずかしながら、福島で関東の電気を作っていることを事故が起こるまで知りませんでした。他の原発も事故があったから東海村や柏崎刈羽の存在も知りました。水は地域の河川を通してだったり、空梅雨による水不足で水がどこから来ているかダムの名前や場所を知る機会はいくらでもありました。でも原発はどこにあるのか、事故を通してでしか知り得ませんでした。もちろん自分の勉強不足ではありますが、原発は運用開始以降はひっそりと数を増やし首都圏はリスクを負わない・知らないままでした。
欠かせないライフラインがどこでどのように作られているのか、なぜ知らずに過ごしてきたのか悔やまれます。そして自分より前の世代がどうしてこういう状態にしてしまったのか、何も知らないまま大人になってしまったのが悔やまれます。
原発を早く全部なくせというのはあまりに月並みです。でも少しずつ自然エネルギーに変えていくとか、無駄な電力を使わない生活・経済活動に変えていくことが急がれますね。
まだ今後の人生が相当長いだろうから、これから先のことは不安でいっぱいです。でも原発のことは本当に真剣に取り組んでいかなくてはなりません。
この状態について感じたことを勝手に書きます。
とにかく、この節電モードは大歓迎です。
会社で夏はクールビズでエアコンは控えめなのに、冬はガンガン温めていて、夏より暑くてすごい気分が悪くなったくらいでした。腕まくりに下着も夏用にしても暑い暑い・・・・。冷え性の私が暑いと感じるくらいだから、男性陣は地獄だったと思う。むかつくから、何度も設定温度下げたり、電源切ったりしても誰が戻す。その誰かってのが、外とつながる廊下に近い中年女性陣なのだが、笑えることに廊下側のドアは開けっ放し、作業衣の上にカーディガンなどをはおるなどの改善策は全く無し。とりあえず暖房を無駄使いする。頭悪いのかと思った。
節電以来、まだ寒い3月でも空調は切られパソコンと人の熱で調度良い室温が保たれて、ホッとしました。
また、駅での照明カットも良いでしょう。
暗めの駅や繁華街を歩いたとき、何か記憶の引き出しがくすぐられる感覚がありました。
そう、海外旅行気分なんですよ。
たくさんの国とは言い切れないけれど、旅行でアジア・ヨーロッパ・南米で十数ヶ国訪れましたが、私が訪れた中で日本くらい夜が明るいのは香港くらいでした。
海外はそんなに電力無いし、ヨーロッパ人は暗いムードを楽しむ人種なので照明や空調ガンガンというのは少ないです。上ランクホテルの部屋ですら全照明点けても、ムーディな暗さ。人気のビストロも暗い暗い。
パリ北東部のホテルに泊まった時は治安が良くないところだったから、夜の9時までにはホテルに入るようガイドブックに書いてあったのだけど、10時過ぎてしまったときはドキドキした。駅がホントに暗いし人が少ないし、ルンペがうろうろしてて、怪しい移民系の男が怒鳴ってきたりと、暗闇に誘われてよからぬものが湧いてくるよう。銃はむき出しの警官も逆に怖い。
南米なんかもう夜の7時でヤバイ暗さで、若い女がひとりであるこうとは思えない(ブエノスアイレスでちょこっと夕食の為にひとりで外出たときは相当の覚悟がいりました)。ペルーでは観光バスの室内照明点けて走ると、目立ち過ぎて強盗に襲われるからとバスの照明まで切るくらい。こわっ。
とになくそんなこんなで、日本は明る過ぎたのです。そのかわり治安も良く、夜でも若い女が繁華街でひとりで遊んでもさほどの危険はないのです。
なぜこんなにも明るかったのでしょう。
私なり勝手に考えたのは、まず日本の文化がアメリカナイズドされているから。
決してアメリカを否定しているわけではありません。アメリカは偉大です。アメリカの好きなバンドもDJもたくさんいます。
でもやっぱり、うちの親世代(団塊世代)は貧しい子供時代を抜け出してこの日本を作るとき、豊かなアメリカに憧れてアメリカの真似してアメリカ白人のような暮らしが目標だったようです。電気をじゃんじゃんばりばり使った暮らし。煌々とネオンが輝く楽しそうな繁華街。実際のアメリカは全土でそんなことないでしょうけど、映画や本ではそういう面が際立ちますからね。そんなアメリカに憧れていたと言ってました。あまりに家に物が溢れているから、なんで使わないものをそんなに買うのかと問いただすと、「戦後生まれで貧しかった、物が無いと不安になる」と言ってました。
だから、物だけでなく光にも同じことが言えるのではないでしょうか。光が煌々とついた家やお店、街は豊さの象徴だったのではないでしょうか。そして戦後の貧しさも抜けきったころ、バブル到来。実際バブルがどうだったは幼稚園児だったのでよく知りませんが、もう繁華街はギンギンギラギラの世界ってイメージです。
また、近くの大きな都市、上海や香港などがとても煌びやかで、同じ東洋の街としての発展の指標にもなったのではないでしょうか。フランス人でパリは高い建物はないし薄暗いが、東京はビルが乱立してて煌びやかで憧れるということを言う人もいます。こうしていつの間にか、戦後数十年しか経たないのに、すっかり光で日本列島の形がわかるくらいの国になってしまいました。
わたしは恥ずかしながら、福島で関東の電気を作っていることを事故が起こるまで知りませんでした。他の原発も事故があったから東海村や柏崎刈羽の存在も知りました。水は地域の河川を通してだったり、空梅雨による水不足で水がどこから来ているかダムの名前や場所を知る機会はいくらでもありました。でも原発はどこにあるのか、事故を通してでしか知り得ませんでした。もちろん自分の勉強不足ではありますが、原発は運用開始以降はひっそりと数を増やし首都圏はリスクを負わない・知らないままでした。
欠かせないライフラインがどこでどのように作られているのか、なぜ知らずに過ごしてきたのか悔やまれます。そして自分より前の世代がどうしてこういう状態にしてしまったのか、何も知らないまま大人になってしまったのが悔やまれます。
原発を早く全部なくせというのはあまりに月並みです。でも少しずつ自然エネルギーに変えていくとか、無駄な電力を使わない生活・経済活動に変えていくことが急がれますね。
まだ今後の人生が相当長いだろうから、これから先のことは不安でいっぱいです。でも原発のことは本当に真剣に取り組んでいかなくてはなりません。



