3月とはいえ、さむい日が続きますが、善男善女のアメーバブロガーのみなさまには、どぞ体調には気をつけてくださいね!
さてさて、けふは近くへ行きたい、天王寺七坂”愛染坂”の巻です。坂の上に勝鬘院
(愛染堂)があるためこう呼ばれています。たまに自転車で通りますが、上りは急坂、下りは直滑降ーっ!危険がアブナイ!
縁結びや愛染祭りで有名な愛染堂は、日本最初の社会福祉施設、施薬院として建立されますた。
西暦593年(推古天皇元年)、聖徳太子は、敬田院、施薬院、療病院、悲田院からなる四天王寺を建立されました。 その中の施薬院は、あらゆる薬草を植え、病に応じてあまねく人々に与えられるようにと現在の愛染堂の場所に建立されたのです。
当時の面積は現在より一層広大であり、また、建立の意味あいからいうと、我が国の社会福祉事業発祥の地とも言えます。 ・・・
金堂に祀られる愛染明王は、主に良縁成就・夫婦和合の本尊として有名で、境内にある「愛染めの霊水」は飲むと愛が叶うといわれ、女性参詣者が毎年たくさん訪れます。
また、小説家の川口松太郎さんが、この近くに住んでいたこともあり、彼の代表作であり映画化もされた『愛染かつら』のモデルとなった縁結びの霊木「愛染かつら」があることでも有名です。この霊木の前で愛を語り合った男女には、何があっても幸せな結末が訪れるという伝説が残っています。
隣には大江神社・・・ 当神社は天王寺七宮の1つで、四天王寺の鎮守として、聖徳太子が祀られたのを起源としています。四天王寺の乾(西北)に位置しているところから、江戸時代には「乾社」と呼ばれていました。また、毘沙門天を祀っていたので、「毘沙門堂」とも…。
「大江」の社号は1867年(慶応三年)に、この地は西側が傾斜地になっており、その昔大江の岸と称していたので、時の祀官が改称したとのこと。毘沙門天も、明治維新後の神仏分離で大津坂本に移ったといわれています。
当社は天王寺北村の産土神であり、祭社主神に豊受大神を祀り、稲荷神と同一神で五穀豊穣、食料保持の神です。
また、この地は蛤御門の変で戦死した長州藩士48士を合祀した「招魂社」があったところで、「山口藩殉難諸士招魂碑」が残っています。
(交通アクセス)《交通アクセス》大阪市営地下鉄夕陽丘四天王寺前下車徒歩5分。JR天王寺駅徒歩12分。


