めっきり秋が深まってまいりましたきょうこの頃、アメーバブロガーのみなさまにおかれましては風邪など体調管理にはくれぐれもお気をつけください・・・・
ということで、きょうは外郎(ういろう)のおはなしです。
Wikipediaによりますと、外郎(ういろう)は蒸し菓子の一つで、 名古屋(青柳総本家・大須ういろ)、伊勢(虎屋ういろ)はじめ各地の名物となっております。
作り方は、米や蕨、小麦粉などの粉に砂糖を加え蒸して作ります。小豆、抹茶などが加えられることもあり各地の特色がでていますネ。
さて、本題の”外郎”についてですが、14世紀の元朝滅亡後、日本に亡命した、旧元朝の外交官であった陳宗敬(自称・陳外郎)の名前に由来すると言われています。陳宗敬は明王朝を建国するに朱元璋に敗れた陳友諒の一族とも言われ、日本の博多に亡命し日明貿易に携わり、輸入した薬に彼の名が定着したとされています。室町時代には宗敬の子・宗奇が室町幕府の庇護において京都に居住しましたが(京都外郎家)、応仁の乱(1466年-1476年)の後、室町幕府の力が失墜すると外郎家の分家である宇野藤右衛門定春が後北条氏に身を寄せたといわます(小田原外郎家)。
この薬とは別に、”外郎家”が作った菓子が室町幕府に献上された記録も残っており、同名の民間薬(外郎薬)を製造する外郎家(小田原)の来客用菓子として伝えられていたものが、明治以降に薬と共に販売されるようになったことで全国に広まったと考えられています。( 写真上は小田原外郎家、サイトはこちら ←)
最後に薬の”外郎”は仁丹と良く似た形状・原料であり、現在では口中清涼・消臭等に使用するといわれ、正しくは透頂香(とんちんこう)。中国において王の被る冠にまとわりつく汗臭さを打ち消すためにこの薬が用いられたからだとされます。
「究極のういろう」
ワタスが転勤で愛知にいたころ、”究極のういろう”なるキャッチセールス・・・もとい・・・キャッチコピーに惹かれ、岐阜県にある谷汲山華厳寺(西国33ケ所めぐり第33番札所)参道にある谷汲ういろ(元祖三枡屋)をおいしくいただいたことが何度かありますた。
米粉を用いた、あっさりもちもちした”ういろう”は、ホント究極の米菓子かもしれません。・・・ということで、きょうは”外郎”のおはなしでした。 おしまいっ!



