きょうは大阪市東成区小橋1丁目(JR大阪環状線玉造駅すぐ)にありました”ニ軒茶屋”にまつわるおはなしです。

二軒茶屋碑

 

 江戸時代から奈良街道(大阪から暗峠を越え奈良までつづきます。江戸時代にはお伊勢まいりの人々がたくさん行き交ったといわれています)が人の往来も盛んとなり、この街道の起点であった玉造に「つるや」「ますや」という二軒の茶屋が建てられ、旅人等の休息の場として繁昌したと伝えられています。茶屋が二軒あったところから“二軒茶屋”といわれ世に広く知れわたりました。

奈良街道案内図

 この二軒のそばを流れていた猫間川(ねこまがわ)に宝永8年(1711)に幕府の命によって橋が架けられたのが“石橋”で、正式には黒門橋といいますが、この附近にあった大阪城の玉造門が黒い門であったところから黒門橋と名づけられ、この橋が大阪では当時珍しく石で造られたものだったので通称石橋と呼ばれているそうです。

ガラシア婦人

 なお、玉造の大阪カテドラル聖マリア大聖堂玉造教会(旧細川邸に隣接)には戦国時代の武将、明智光秀の末娘(名は玉子)で細川忠興に嫁いで数奇な運命を辿ったキリシタン”細川ガラシア夫人”の像があります。

奈良街道


 また、玉造(たまつくり)という地名の由来は、勾玉などを製作する玉造部が、古代にこの地に居住していたことが地名の由来だといわれています。

 ちょっとした外出時、普段見慣れた歴史をプチ散策するのも”乙”かもしれませんね・・・・ということできょうは大阪玉造にあった”二軒茶屋”のおはなしでした。         おしまい


(PS) わんわん しっぽフリフリ佐藤ふぁんさんより

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