きょうは、戦国時代の金さん・銀さんのおはなしです。
Precious Metal(貴金属)の雄、金・銀は太古の昔より富(価値)の貯蔵・流通手段として、あるいはステイタスとして所有欲を駆り立ててまいりますた。
日本にも昔から多くの金・銀鉱山がありますが、国内でその生産量が爆発的に増えたのが16~17世紀頃といわれています。
1568年(永禄11年)生野銀山を収めた織田信長は、代官生熊太兵衛に精錬法の研究を促し、灰吹き法を用いて莫大な金銀を得るようになっておりますた。日本はアメリカよりも200年早くゴールドラッシュの時代に入っており、当時世界一の産金・産銀国であったといいます。(生野銀山では、1542年~1973年の閉山までに1723トンの銀を産出=年平均約4t)
戦国時代の領主が例外なく所領の確保と安全保障の方策に明け暮れるなか、信長は治めるのに困難な領地よりも生野銀山や堺・大津・草津などに代官を置き直轄とし、商業・交易を奨励することで貨幣経済による富の集中を実現しますた。
当時10万人の兵力と4000丁の鉄砲を動員できたのは、経済的な裏付けのあった信長ただひとりでしたが、日本統一ののちは海外へ進出すべきだと考えていたようです。
実際にも、信長の死後50年間、日本は中国から絹を輸入するために毎年世界の金銀生産額の3分の1の銀を中国へ輸出し、ポルトガルは、その銀の売買コミッションにより王室の歳費を賄うことができたといわれています。
さてさて、イエズス会に始まる世界征服の尖兵隊(信長はその野望に気づきバテレンを追放、以降明治維新まで鎖国が続く布石となったものと筆者は愚考します)は今日まで、あるときは宗教で、あるときは武力で、そしてあるときは経済戦争でその支配力を強めてまいりますたが、ここへきて風向きが急変、現在は景気後退(恐慌)・戦争勃発懸念を先取りして債券・株式等のペーパー資産から、金・銀等の現物資産へと質の逃避が進んでおり、8月の貿易赤字3240億円
、不動産市況の低迷
、G7(G8)空中分解?
・・・など喧しい情況は制御不能となる恐慌の始まりなのか、あるいは計算された彼らにとっての規定の路線なのか
・・・そんななか、安全資産である金は輝きを取り戻すことができるのでしょうか・・・今後の金価格の推移が注目されます。・・・ねぇザビエルさん?



