きょうは、大阪ミナミの繁華街にある”ナンパ橋”こと、”戎橋(えびすばし)”のお話です。
「戎橋」の名前の由来は、いくつかの説がありますが、昔、今宮戎神社にお参りする参道であったことに由来するとされています。江戸時代にはこのルートから難波村を通って今宮戎に向かったといわれています。(歩いて15~20分くらいです)
道頓堀川を渡る南北方向の道路(市道)では、御堂筋一つ東側で、難波駅から戎橋までが戎橋筋商店街、戎橋から長堀通までは心斎橋筋商店街となっています。これまでは、1925年(大正14年)建築の鉄筋コンクリート製の橋が架かっていましたが、現在は架け替え工事中のため、元の位置のわずかに東寄りの場所に仮設の橋がかかっている。
繁華街ミナミの中心に位置しグリコネオンなどでも有名。
ここでは、1985年、2003年の阪神タイガース優勝時、2001年の大阪近鉄バファローズ優勝時、2002年の200 FIFAワールドカップでの日本勝利・決勝トーナメント進出時にはこの橋から道頓堀に飛び込む若者が相次いだコトでも有名ですね。ちなみに2003年の阪神優勝時に死者が出たとされていますが、実は死者が出たのは2日後の事で、川を覗いていた若者を男が押したためでした。これを受けて2005年の阪神優勝時には大阪市がフェンスをめぐらして警察官を配置するなど対応をしたのですが、その目を掻い潜って道頓堀に飛び込む若者が少数ながらいたのも事実です。
また、客引きやナンパも多く、俗称「ひっかけ橋」「ナンパ橋」とも呼ばれます。なお、このように言われるようになったのは1990年代以降からといわれていますが、漫才ブームの影響もあるかもしれません。なお、ワタクシ幼少の頃からこの辺りを徘徊しておりましたが、高校生時分(1980年代)にはすでに”ナンパ”のメッカとして需要と供給のバランスが拮抗(ナンパする方もされる方も、週末にはどこからともなく集まり、終電がなくなるギリギリまで直接交渉の場、もとい、少年少女の社交場と化していました・・・)しており、さらにその”ナンパ”ぶりを取り巻くギャラリーも加わり活況を呈することもありました。
京都の”着だおれ” 大阪の”食いだおれ” といわれるほどあって、戎橋界隈は食べどころ、飲みどころが密集して、文字通りいつも人でいっぱいいっぱい。例の「くいだおれ人形」や「かに道楽のかにの看板」はすぐ近くです。
また、ここから心斎橋に向かってブラブラとデートや買い物を楽しむことを”心ブラ”(心斎橋あたりをブラブラ歩く)といいまして、是非みなさんも”心ブラ”で大阪の繁華街を堪能くださいませ・・・・・
ということで、きょうは"心ブラ”・・・いや、”戎橋”のお話でした。


