天保山

 今日は、大阪港のお話です。

 大阪港の歴史は、6世紀頃に 難波津(なにわのつ)、住吉津(すみのえのつ)として成立し、国際港として栄えました。平安時代から鎌倉時代には、 渡辺津(わたなべのつ)が淀川河口、船場付近で栄え、 安土桃山時代に、豊臣秀吉によって 大坂の町割が作られ都市の基盤が築かれたのでした。江戸時代にかけては北前船や菱垣廻船などの寄航地として栄え、日本最大級の港となるにいたりました(当時、大坂の市街地は淀川を数kmさかのぼった場所にあったため、大型船は市内まで入らず木津川や淀川などの下流部や河口に停泊し、そこから小型船で貨物を運搬していました) 

 近代に入り、1868年の大阪市開市とともに開港。主に、港区、大正区、此花区、住之江区に位置しており、一部西区を含み、北港・南港と広がりを持ちます。明治以降、国営の国際貿易港として建設された神戸港とは対照的に、大阪市自身が建設・運営に関わった都市港湾の伝統を有することになります。

 天保山エリアには海遊館、南港エリアにはWTC、国際見本市会館、ATC、さらにその北方には咲州・舞州・夢州などの埋立地が点在します。

大阪港