「東大生はすごい」

漠然とこのようなイメージがはびこっている事に私は疑問を呈したい。

東大生は社会に出てからは他の大学生と変わらないこともあるというのが私の見解だ。



東大出身の社会人に話を聞く機会があった。

彼らは法律を学んできた人がゲーム会社で働いていたり、文学を学んできた人がIT系の会社で働いていたりと、学んできた分野と異なっている分野で働いていた。



ここであなたはどう思うだろうか?

東大生なら地頭が良いから何でもできるんだろうと、短絡的に考えてはいないだろうか?



いや、そんなことはない。

もちろん、「地頭が良く、特に勉強せずとも東大に入れました。」という人もいるだろうが、東大に入るために必死で勉強した人というほうが大多数である。



他の人が遊んでいる時間に、真面目に勉強してきた結果が東大生なのである。つまり、東大生は「努力の天才」なのである。



では、これが社会に出てきた場合にどういうことになるのか。



東大という最高の学び舎で学んだ専門分野が活かせるのであれば、社会でも大活躍できるであろう。

だが、異なる分野の仕事に就いた場合、それは全く異なった結果を生む。



社会人になると今まで遊んでいた人も8時間は仕事をする。それは東大生も変わらずである。

同じ人間が同じ時間仕事をするのだから、それはもちろん同じような成果を生む。



「努力の天才」の東大生は、時間外でも努力をすることでより成長し、成果を出そうとするだろう。

しかし、働き方改革で残業が推奨されない昨今では同じ時間で高い成果を出す「効率の天才」が求められる。



もし同じ職場に東大出身の人と名前を知らないような大学出身の人がいた場合、どちらが「効率の天才」だろうか。もちろん後者である。



最小限のコスト(勉強)で同等の成果(同社就職)を果たした学生こそ、今後の働き方改革後の社会を引っ張っていく人間なのである。