ボクが入学した大学には、学生ひとりにPCが割り当てられるぐらい
の設備を有していました。関西ではかなりめずらしい大学だったと
記憶しています。
1回生から、COBOLが必須の授業としてありました。
とても楽しかったと記憶していますが、学生レベルの授業はとても
たいくつでしたから、自分でいろんなプログラムを書いていた記憶
があります。
大学では、C言語やVisual Basicなど、他の言語にも触れる機会が
たくさんありました。実習以外でも、計算機概論やプログラム理論、
その他たくさんの授業がありました。
今思えば、もうちょっと実習以外もまじめに勉強しておけば良かった
と思うほどです。
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放課後のアルバイトはたくさん経験しました。もちろんプログラマ
としても働いていました。寝る隙を惜しんでバイトに励んでいました。
こうしてボクは、大学のころからプログラムを本気で書き始めました。
その後、オーストラリアに留学しました。
ボクがオーストラリアに来た時にお世話になったホストファミリーは、
たくさんの留学生を受け入れていました。ボクがお世話になっていた
ときは、スイスジャーマンのロジャー、スイスイタリーのフィリックス
と一緒でした。毎晩、ナイトクラブに遊びに行きましたw
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ボクがアパートを借りて、ホストの元から去っても、たまに遊びに行き
ました。すると、新しく入ったスイスジャーマンの留学生が、ノートPC
を持ってきていたのです。物珍しく見せてもらったPCを見て驚きました。
確か、Hole in One や Yahoo! などのポータルサイトをはじめて見た瞬間
でした。
そう、それがボクのインターネットとの出会いです。
1996年のことです。
ボクはほどなく、WEBサイトも構築しているグラフィックデザイン会社に、
インターンとして勉強させてもらうことにしました。
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HTML や Java Script などを書いていたと記憶しています。
RFC などの ドキュメントを読み出したのもこの頃です。
この頃から、技術者を目指したいと思い始めました。
帰国したボクは、システム開発会社を中心に就職活動を始めます。
同時に、パソコンを新調し、ネットの世界にどっぷりとハマること
になります。
ここで、Javaと出会いました。
Java Script と混同されていた時代ですネ。ボクもご多分に漏れず、
勘違いしていたクチなのですけどもネw
JCPというコミュニティに参加し、Javaアプレットを一生懸命書いたり、
ハッキング技術を磨いていたのも、この頃です。
就職したら、COBOLやVBなどの汎用機やクライアントサーバなシステムを
メインに担当することになりますが、WEBの世界への憧れは捨てることが
できませんでした。
仕事として、WEBアプリに触れられないのであれば・・・と、フリーで仕事
をするようになりました。社会人1年目の冬のことです。
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だいぶと省略して書いていますが、昔も今と変わらず向上心が強いなーと
我ながら思いますw