戒名は課金式、みんな黒服、それ誰ルールだよ。

――葬式ビジネスはいつから“悟り”を売り始めたのか

 

ドクロ葬式の時だけ仏教だの仏様だのそれ仏陀に失礼だろ!」

 

黒いスーツ、
黒いネクタイ、
黒い靴、

ミスったら非常識銃

(まるでグラサンだ)

戒名はランク制。
アップグレード可能札束
価格はロケット

これ、本当に仏陀が求めたものなのか?

それとも課金モデルの話か?


仏陀がやっていたのは、

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ゴータマ・シッダールタ がやっていたのは、

・心の観察
・執着の削減
・苦しみの構造分析

これだけ。

しかも本人は超ミニマリスト。

 

豪華な祭壇も、
オプションメニューも、
グレード別ネーミングもない。

むしろ「執着するな」と言っている。

なのに現代はどうだ。


いつから“悟り”が価格表になったのか

戒名ランク制。

院号、居士、大姉。
オプション追加で“格”が上がる。

死後のブランド戦略だ。

 

しかも支払う側は

 

・悲しみの最中
・判断力が低下
・時間がない

ビジネスとしては
最も強いポジション。

感情 × 緊急性 × 文化圧力。


黒服の正体

人は“失敗する不安”に弱い。

だから形式が強くなる。

形式は、

考えなくていい安心装置

そして安心は売れる。


これは仏教の問題か?

違う。

これは制度の問題だ。

どんな思想も、

  1. 広まる

  2. 権威が生まれる

  3. 形式化

  4. 価格化

になる。

仏教に限らない。

だが問題はここ。

本質が後退し、フォーマットが前面に出る瞬間。


多くの人は怒っていない。

「まあ、そういうものだよね」で流す。

疑問を持つのは、
空気を壊す人になる。

だから続く。

制度は静かに肥大化する。


もし仏陀に会えたら、
たぶんこう言われる。

私の名前で商売するな!