年末特番がつまらなくなった理由

年末になると「動物の赤ちゃん○○」とか「おもしろ動画××」とか「ほっこり映像」系の番組が目白押しで、つい「N○K受信料を返せ~」と発狂。。。ウソですてへぺろテレビ大好きです。 テレビが友だちです。
 

毎年この時期になると、こんな声をよく聞きます。

「最近、年末特番つまらなくない?」

しかし結論から言うと、これはテレビを作る人の才能が落ちたからではありません(多分)。

面白さが成立しにくい構造そのものが変わってしまった──それが最大の理由です。


かつての年末特番は「社会全体が同じ番組を見ていた」

90年代〜2000年代前半、年末のテレビは今とは全く違いました。

  • 見られるチャンネルは限られていた

  • 翌日、学校や職場で「昨日の番組」の話題が共有できた

  • 視聴率30〜40%が当たり前

つまり、社会全体が同じ温度で同じ番組を見ていたのです。

この環境では、

  • 内輪ネタ

  • 長い前フリ

  • 尖った演出

も成立しました。

 

(そういえば、オールドメディアの営業や集金をしていたチン○ラ風の方々グラサンはどこに行ったのでしょう)


今は「全員に少しずつ」しか刺さらない時代

現在はどうでしょうか。

  • Netflix、YouTube、TikTok

  • 各自がスマホで別の動画

  • 家族でも同じ番組を見ていない

この状況で何が起きるかというと、

誰かに強く刺さる企画は、同時に誰かを置いていく

という問題です。

結果、番組はこうなります。

  • 誰も怒らない

  • 誰も熱狂しない

  • 誰の記憶にも残らない

平均点は高いけれど、印象がゼロの番組。
これが「つまらなく感じる」正体です。


炎上しないことが最優先になった

かつての年末特番には、

  • ブラックジョーク

  • 身体を張る企画

  • 価値観ギリギリの笑い

が普通にありました。

今は、

  • SNSで即拡散

  • スポンサーへの即クレーム

  • 過去発言の掘り起こし

一度の失敗が、番組だけでなく局全体の信用問題になります。

その結果、

  • 芸人は守りに入る

  • ディレクターは冒険しない

  • 編集は無難の極み

「失敗しない」=「成功もしない」構造が出来上がりました。


「年末=特別」という感覚が壊れた

昔の年末は特別でした。

  • 年末だけの豪華セット

  • この日しか見られない企画

  • 一年の総決算感

しかし今は、

  • 特番の延長線

  • 既視感のあるフォーマット

  • いつもの出演者

一方でYouTubeでは、

  • 毎日が特番レベル

  • 毎日ドッキリ

  • 毎日神編集

特別感がインフレし、年末の価値が相対的に下がったのです。


視聴率という指標が現実を映していない

現在の視聴スタイルは、

  • リアルタイムで見ない

  • ながら見

  • 切り抜きだけ視聴

それでも評価基準は、

  • 世帯視聴率中心

  • 配信や録画は軽視

結果、

本当に見られている面白さが、企画に反映されない

という歪みが生まれています。


作り手は面白いものを「知らない」のではない

誤解されがちですが、

  • テレビ制作者は

  • ネットも

  • 海外番組も

全部知っています。

それでも作れない理由は、

  • 制約が多すぎる

  • 合意形成に時間がかかる

  • 失敗できない

つまり、問題は才能ではなく組織構造です。


まとめ:つまらなくなった本当の理由

年末特番がつまらなく感じる理由は、

  • 全員に向けすぎ

  • 炎上を恐れすぎ

  • 特別感の消失

  • 指標のズレ

  • 冒険できない構造

「面白いことができない仕組み」そのものにあります。


それでも、復活の可能性はある

実は、ヒントはすでにテレビの外にあります。

  • 切り抜き前提の番組設計

  • 視聴者を「選ぶ」勇気

  • 全世代向けの再定義

テレビは終わったのではなく、
まだ変われていないだけなのかもしれません。(たぶん変わらないと潰れるゲッソリ