太古に生きたわれわれの祖先は、自然環境から身をまもるために獣の皮をまとっていた。しかし、羽織ったものを定位置にとどめておくのに苦労したのではないだろうか。手や腕で皮を押さえておくことはできるが、それでは不便だ。いつでも獲物をしとめられるように、あるいは外敵から逃げられるように、両手をあけておきたかっただろう。獣の皮は分厚く、体に巻き付けて結えるのも容易ではなかっただろう。合わせ目を留める別の手段として、魚の骨・先の尖った木片・獣の骨・角などを皮の合わせ目に突き通した。



 どんな素材を使った真っ直ぐなピンでも、それで衣服を留める場合の欠点は、服の着脱中に落ちてなくなるか、歩いたり走ったりしているうちにゆるむ恐れがあることだ。

 古代になると、金属製のブローチやバックルが衣服を留めるのに使われるようになった。これは衣服をしっかり留めつけ、まる1日活動してもさほど着崩れを起こさなかった。



1842年ニューヨーク州に住むトマス・ウッドワードは「ショールとおむつ用ピン」の特許を取得した。この覆い付きピンは、むきだしのピンにくらべて優れた長所がある。「着用者が動いてもゆるまず、何が起ころうと、ピンの先端がその人を刺したり、ひっかりたりすることがない。」しかし、このピンには肝心のバネがなく、ピン先を覆いに納めておくには、ピンにギュッと挟み込んだ布地の膨張力に頼らざるをえなかった。

 



 その欠点を取り除いたのが、同じくニューヨーク州のウォルター・ハントが1849年に特許を取った「ドレス・ピン」である。ウォルターのピンの特徴は、一本の針金または金属片に、一つのバネと留め金を結合させた点で、その留め金のなかにピンの先端が押し込まれ、それ自体の弾力によってしっかりと保持されるようになった。  

 



ボタンはローマ時代から知られていた。それは衣服の対になる部分の縁に縫い付けられたループに入れて留める方式であり、われわれが知っているようなボタンホールが登場したのは13世紀になってからだった。おそらく、ボタンとループでは寒風のふきすさぶ日に思うように衣服を体に密着させられなかったから、あるいは、ループがもろくて、身体を激しく動かすと切れやすかったため、ボタンホールが考え出されたのだろう。

ボタンは服だけでなく靴にも使われた。どちらの用途においても共通していたのは、ピッタリと密着させるためにはボタンとボタンの間隔を狭くしなければいけないため、多くのボタンが付けられる傾向があった。着脱する時に時間がかかった。

 

1800年代、自動車のスピードや効率改善に取り組んでいたホイットコム・ジャドソンは、自分の考案したスライド装置を使えば、たった一回の動作で、短時間に気を使うことなく開閉できる、究極の靴留め具を作れるのではないかと考えた。

 



1893年ジャドソンはボタンのない靴に関する特許を取得した。しかし、当初のファスナーは見た目がごつく、デザイン性がよくないため、靴の製造業者には見向きもされなかった。ジャドソンはひたむきにファスナーの改良を続けた。ファスナーを完成させるまでにジャドソンはどれほどの困難に直面したかは、1905年まで、彼以外にファスナーに関連する特許を取った者が一人もいなかったことからも推測される。

 

ファスナーの用途は多方面にひろがり、女性用のスカートにも応用された。「一度引っ張れば出来上がり!これでもうスカートは開きません。あなたのスカートはいつも、しっかりとまっています。」このような宣伝文で商品が発売された。しかし、残念ながら、商品名とは裏腹に、「よりによって、いちばん間の悪い時にぱっくり開いてしまうのだ。さらにひどいのは、こうした事故が起こるとき、スライダーが全く動かなくなる。衣服を脱ぐには服を切り裂くか、ファスナーを切り取るしかなかった。

 

現在、ファスナーは日常生活の中で、何も考えずに使っているが、発明・開発当初の苦労は相当なものだったのだろう。失敗に継ぐ失敗を重ね、現在のパッと2枚の布をまとめてくれるファスナーができている。