北イタリアにブレシアという街がある。大雑把にいえば、ミラノとベネチアを横に一直線で結んだときの、真ん中よりミラノ寄りに位置する(ちなみに同じ線の真ん中よりベネチア寄りに位置するのが、ロミオとジュリエットの舞台として知られるヴェローナ)。かつてバイオリンの製造地として名を馳せた街でもある。

 

大学生の頃、この街に2週間ほど滞在したことがある。ヨーロッパでは、夏休みなどの長期休暇に、学生が労働力を提供する代わりに食住を用意してくれるワークキャンプという仕組みが充実しており、そこに日本から参加したのだ。私が元々申し込んでいたプログラムは、マケドニアという旧ユーゴの国で修道院の補修に携わるという浪漫溢れるものだったのだが、参加直前になって政情不安から開催が取り止めになってしまった。その代わりとして、ブレシアで開催される祭を手伝うというプログラムが回ってきたのだ。

 

参加者はスペイン、ドイツ、ポーランド、オランダ、スロバキアなどヨーロッパを中心とする10か国程度から計20人程の大学生。祭は夜を通して開催されるため、夜な夜な出店の皿洗いなどをしながら祭を手伝い、明け方から昼過ぎまで近くの学校の体育館で各自持参した寝袋でゴロ寝をするという昼夜逆転した生活だった。

 

シャワーはなく、簡易トイレの上にホースが掛かっていたので、それで水を浴びて汗を流す。出国前に髪をショートにしたのは正解だったようだ。食事は食材だけ与えられるので、2人組を作っての当番制で炊事をする。そしてまた夜が近づくと、まるで中世の葡萄酒作りの際に少女たちが中に入って裸足で葡萄酒を踏むのに用いていたような大きな桶を皆で囲み、ナイフでざくざく切った果物を投げ入れながら桶に赤ワインやウォッカを注ぎ込み、膨大な量のサングリアを作った。

 

3、4日に一度は休日も与えられ、ベネチアや近くのガルダ湖に行った。皆荷物を最小限に抑えてバックパックだけ背負って自国から集まってきている人達なので、水着など持っておらず、ガルダ湖では女子達も下着で泳いだ。濃い色の下着は水着代わりにならなくもないとその時学んだ。特に気が合ったスロバキアの女の子とは、帰国後も文通(!)を続け、翌年はスロバキアの彼女の家を訪ねて泊めてもらったりもした。

 

 

今はもう誰とも連絡はとっていないどころか、名前も憶えていない。勿体ないような気もするが、この思い出の儚さはSNS前史ならではかもしれないと、マドレーヌを紅茶に浸して味わいながら私は思う。