いまだ記憶に新しい先だっての「北のミサイル」騒ぎだけど、あの日本中が混乱に陥った「北のミサイル」騒ぎは、結局は朝鮮民主主義人民共和国側の「実験失敗」であっけなく収束しました。
けどよく考えてみると「失敗」したのは日本も同じだと思う。
あの時果たしてイージス艦を動かしたり、パトリオット(PAC3)を起動展開させたりする必要性が本当にあったのかなと・・・。
あれは軍事的な必要性に迫られているのではなくて、極めて政治的な動きの一つだったんじゃないかなと。
そもそも、「ミサイル」の予定軌道から二〇〇〇キロも離れた都心に自衛隊のパトリオット(地対空誘導弾)を配備することにどこまで意味があったのか。
けれどそれでも自分は思うのだ、この国の平和ボケは変わらないんじゃないかと・・・。
勿論、こうしてブログなんぞをお気楽に更新している自分が無力で小さな存在でしかないのは
十分理解しているつもりだけれど、それでも本心は何時もその自分の無力さに苛立ち葛藤してる。
何かしたい、何か出来ないかと焦る心が悪い結果を招く事もある、それが痛いほど解かるからこそ
今のこの世界の仕組みにイライラするのかも知れない。