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震災から9カ月。

改めて震災の事を初心に戻り、考える。


写真展で海外を巡回し、多くの温かな支援者との出会いを通じて東北への思​いに触れる事が出来た。
その中で、情報が少なく海外の支援者との温度差も多く感じる事もあっ​た。
海外の支援団体の多くは、いまだに集めた支援金がどのよ​うに使われたかを把握出来ていない所が多く、その現実に​歯がゆさを感ざるをえなかった。
見返りを求めるわけではないが、支援者たちの気持(募​金)が具体的にどのような人たちに使われ、目に見えれば​支援活動はまた息を吹き返すだろう。

僕はそう考える。

日本人はどうしても右習え精神が強く、みんなが評価して​いるものに偏る傾向がものすごく強い。
その為、メディアの情報をどうしても過信してしまう傾向にあると感じる場面が多々ある。
恥ずかしい話が、昼番組でスイーツの特集をやるとその店​は一時的に大行列。
しかし、本当においしい店ならばTVで紹介される前に行​列が出来ていても不思議ではないのに。。
そして飽きやすい。 日本の音楽業界やメディアは、ピラミッドの三角のてっぺんのひと固ま​りで作られていると言っても過言ではないだろう。日本のエンターティンメントが海外​に出て行けない理由もそこにあると思う。


初頭なのに脱線、復興の話へ。。


次に大切だと強く感じている事は「マッチング」必要なニーズに対して適切​な量のサポートが出来るかどうかに掛かっている。


この辺を細分化して適切に配分、サポートが出来る事が実現すれば​、復興のスピードは間違いなく加速する。
言うのは簡単、実際は本当に難しい問題だけど。


本当に相手に喜んで貰えるプレゼントを贈るのが難しいよう​に、被災地に物を送る事は本当に難しい。
復興のスピードや四季の変化も伴い、日々欲しいものや必要なものが変化し​ているからだ。


被災者の言葉は強く、ツイッターで呟いたものが過剰に集​まってしまったり、駄目にしてしまう事も少なくない。
現地では少し車に乗ればある程度の物は買えてしまう。こ​れにも海外の支援者たちは驚いていた。


僕は取材があるたび、現地に是非行ってほしいと唱えている​が、被災の惨状だけでなく、このような部分も見て頂きた​い為だ。

やはり今後は支援者に「目に見える支援」がテーマにも感じる。


支​援を受けた人たちも現状を報告して行く事が必要なのかも​しれない。
大きな団体に纏めて寄付するよりも、各現地に根づいて活​動しているNPOなどを応援していく事が、今後の復興に繋​がって行くのではないかと感じている。



僕は仲良くさせて頂いてるSAVE TAK​ATAという団体を応援しています。
震災当初から現地に根づいて細かな部分までサポートしている団体です。

http://savetakata.org/


震災当初様々な所で炊き出しやコンサートが行われていた​。
みんな列を作って並んでいたが、被災してない人や県外の​人までもが恩恵を受けている始末。

僕は被災証明を持ってる人だけが炊き出しを貰えるなど規​律を一本化するべきだと思ったが、
各団体がそれぞれ来ていて、色々な考えがあった為、難しかったのだと思う。


自分の地元を中心に集めている情報だけだから、当てはま​らない地域もあると思うが災害支援金は第三次まである​程度の家庭に 配られている。条件にもよるが、最低でも200万前後、​家族や世帯主が亡くなった人、家が全壊した人などはもう​少し配分されている。


第三次は10万円前後で、今後の義捐金のサポートはあまり​期待が出来無いだろう。


しかし、この一事をしのぐだけのお金、半年一年暮らせば​無くなってしまうだろう。
とりあえずは安心だが、店舗、仮設すべてが「とりあえず​」の状態。
ただでさえ元々、雇用が少ない東北沿岸部。


仮設住宅に住める目安は2年。この限りある時間、雇​用、資金の中で仕事を見つけ、生活の基盤を築いていかな​ければいかないのだ。



被災者に求められているハードルは意外と高い。



もうひとつ僕が本格的に取り組んでいる「風化防止」
やはり海外では大きな事件にどんどん塗りかえられてしま​うし、言ってみれば他人事なのだ。


僕たちが震災を受ける前のスマトラ沖地震を覚えているだろうか。
死者約22万​人、行方不明者7万7千人、負傷者13万人という大災害。
日本の10倍の人たちが被害を受けている。

それに対し僕たちは何か出来ていただろうか?

恥ずかしながら、僕は何も出来ていなかった。と言うより​は情報が少なく把握出来ていなかったのだ。
もし、インドネシアから東京に現状を伝えに来たカメラマ​ンが居て、幸いそこに僕が行ける事が出来たなら、
何か力になる事が出来たかもしれない。


海外で活動する上で、僕が「そのカメラマン」になれれば​良いと思った。
僕は震災前から感じていたもどかしさ、その部分を原動力​に活動をしているのかもしれない。


僕は、本当の復興は、ここからが正念場だと言う事を、写真​展を通して様々な人に伝えたい。


そして、陸前高田市を支援してくれている人たちを、温か​く迎え入れられるような故郷の復活を心から願っています​。 前よりも温かく、素晴らしい街になる事を願って。


「Brand New Rikuzentakata」



Tears of the Earth
上田 聡