
[ 死後の世界とUFO、どちらを信じる? ]
死後の世界かぁ…
信じたくないなぁ。
死んだら天国へ行くとか、地獄落ちだとか、なんか悔しいじゃん。
そう簡単に地獄へは落ちないのかもしれないけれど…ただでさえ、現実の世界で住み良い世界と住みづらい世界があるっていうのに、死んだ後まで住処を決められるなんてさ。
それに…、天国や地獄という観念が僕の中で結びつかない。
天国は何が天国なのだろう。苦しくないと言うのは何が苦しくないのだろう。
テレビや音楽や、プールなんかもあるのだろうか…
なんだかギョッとする。
本当に争いの無い世界なのだろうか。何億と言う人々がいる世界に争いが無いのかな?なんだかギョッとする。
地獄はやはり真っ赤なマグマか何かの池に沈められるのだろうか…
閻魔大王に監視されながら何百年とそこで苦しみを味わうのだろうか…
それこそ幽白やドラゴンボールの世界に僕らが結び付けられているだけのような気がする。
死んだらそこで終わりなんだと僕は思っている。
天国にも地獄にも行かず、すぐ隣に座っている訳でもない。
これは僕の勝手な解釈だけど…
亡くなった人の魂は、いくつもの数に分かれる。
そして、なくなった瞬間、慕ってくれる人の心にもぐりこむ。
分かれた魂は人によって守られ、人によって忘れ去られていく。
おじいちゃんの魂は、僕のところにももぐりこんだ。だから今も時々思い出すことがある。
お世話になった近所のおばあちゃんの魂も僕のところにもぐりこんだ。微かながらその魂は僕の中で住み続けて入るが、時々その人の名前を思い出せなくなるときがある。それは魂が消えつつあるから。。。
もし、慕ってくれる人、心にもぐりこませてくれない人がいるのだとしたら、そのまま誰にも思い出されずに終わってしまう…
僕が死んだ後のことを気にするのだとしたら、こうして誰にも思い出してもらえない方がつらい。僕は天国へ行くために良い事をするのではなく、人の心に入れるようにするのかもしれない。
成仏できる場所はさ、天国じゃなくて、僕らのココロの中なんじゃないかな…なんて思ったりしてる訳で…
といってしまうと、お盆やお彼岸で亡くなった人が戻ってくるなんて話の意味がなくなっちゃうきもするけど、それはまた違うと思うし。
しきたりやお祭り、行事なんかは僕らの気持ちひとつで動いているだけでしょ?それこそ、どこまで魂を守ってあげられるかどうか みたいにさ。
お墓参りするのは、亡くなった人たちを思い出すため、尊ぶため、あるいは、自分自身と話をするため。
亡くなった人が帰ってくるんじゃなくて、僕らがその場に連れて行くという感覚…というと少し怖いか。
なんだか宗教みたいな話になっちゃいましたね。
でも僕は死んだ後の世界を想像するより、こうした考え方の方がスッキリする。
それからUFOは…
なんで彼らは僕らに会おうとしないのだろう。未知の世界の人間が目の前にいるのに姿を現さないのは何でだろ?照れ屋なんだろうか?やはり僕らのことが怖いのだろうか?
それとも本当に頭がでかくてひょろひょろで、僕らと姿が違いすぎて接しにくいのだろうか。
…そもそも、ホントに宇宙人はあんな三角頭だったり、足が8本だったりするのかな?
UFOをつくるにはそれなりの頭脳がいる。そのためには頭は僕らくらいの大きさがあり、体も僕らくらいで、手だって5本指の方が使いやすいだろうし、足だってこれくらいが丁度良い。
ヒトはヒトという進化を遂げたからここまで動けるのだから…これ以上でもこれ以下でも宇宙と言う世界を研究するにいたらないと僕は思っている。
それから、ヒトが生きるには太陽が必要であり、月の微妙な引力も関係してくる。
もしず~~~っと向こうに第2の太陽があって、第2の月があるのなら話は別だけれど…
あるのかな?ファーストインパクトが起こり、嵐が吹き荒れて、月の引力で海が生まれて~なんてことをその惑星でも勉強して…
ふふふ…( ´艸`) こうした想像から、宇宙人は生まれたり、死んだ人のその後を心配したりするのかもしれませんね。
結果、僕は死後の世界を信じない。だってどんな世界かもわからない天国で次の体が産まれるまで待つ生活なんてギョッとするから。
UFOも信じない。だって未確認な飛行物体なんでしょ?信じろって言う方が無理がある。
何より僕は、そのどちらも見たことが無い。( ̄^ ̄)
ふぅ…
夢が無い答えだったかな?(^▽^;)
もちろん、死後の世界を信じる人を否定するつもりはないし、宇宙に対する憧れを持つのは非常に良い事だと思う。
でもさ、なんだか怖いんだよね。どっちの世界も。もし僕らが想像していた世界が繰り広げられていたとしたらさ、なんだか怖い。
結局は僕は臆病ですってこと…になってしまった。