私が信頼してるスポーツ記者さん(田村明子さん。“氷上の光と影”の執筆者の方)の記事。

主観だらけの青嶋某と違って、非常に公平で分かりやすい記事を書くこの方がここまで言うということは…。

リンク切れになると嫌なので、長いけど備忘録代わりに。(最後はカットしている)


感想は、次の記事に。


http://number.bunshun.jp/other/figure/column/view/4655/page:1


「プルシェンコの連覇を妨害した!?米国人ジャッジ、疑惑のEメール。~五輪でのロビー活動の真実~」


フィギュアスケート男子で4回転無しの王者が誕生し、4回転を跳んだエフゲニー・プルシェンコが結局2位。この1位、2位の結果をめぐって、五輪開催地のバンクーバーだけでなく世界中のフィギュア関係者の間で論争がおこっている。

 だが実はこの問題、単に「4回転ジャンプの評価が正当かどうか」という技術的な問題だけではなかった。

 日本ではほとんど報道されていないが、プルシェンコに対する北米フィギュア関係者によるロビー活動が事前に進行していたのである。日本では単に「プルシェンコが負け惜しみを言っている」もしくは「4回転ジャンプは最近の採点方法だと不利だった」という報道が多いようだが、それらの記事は、この騒動の表面しかなぞっていない。

欧州選手権後の取材でプルシェンコは自ら弱点を認めた?

《欧州選手権後の取材報道で、ある選手から「私たちのプログラムはジャンプに集中しているので、トランジション(5コンポーネンツのうちの一部門で、ジャンプなど要素間のつなぎのこと)はあまり考慮していない」という発言が出た。選手自らがないと認めている場合、我々ジャッジはこれをどのように採点に反映させるべきなのだろう? 興味深いと思わないか。》

 こんな内容のEメールが国際ジャッジとスケート関係者たちに送りつけられたのは、1月の欧州選手権が終了してしばらく経ってから、バンクーバー五輪開幕を1週間後に控える2月3日のことだった。送り先は60人にも上ると言われていた。

 送り主の名前はジョゼフ・インマン。

 米国人で、昨年夏にはISU(国際スケート連盟)セミナーの講師も勤めたほどのベテランISUジャッジである。メールには選手の名前こそ書かれてはいなかったが、その発言は欧州選手権で優勝したばかりのロシア代表プルシェンコが、自分とブライアン・ジュベール(フランス)のことについて語ったセリフそのままだった。ふたりのような4回転ジャンパーにとってはトランジションを入れる余裕があまり無いのだ、という意図での素直なコメントに過ぎなかった。自らの弱点を認めたのは、それでも勝てるという自信があったためなのだろう。

 インマン自身はバンクーバー五輪の審判団に含まれておらず、送信先60人ほどの中に、いったい何人の五輪ジャッジが含まれていたのか正確なところは分かっていない。メールを受け取ったことを公に認めた一人、米国ナショナルジャッジの資格を持つジョージ・ルサノは、メール内容を問うた私にこう説明してくれた。

「メールの内容は、報道されている通りだよ。だがインマンの意図は、五輪の結果に影響を与えようというものではなかったと思うね。以前から彼はプルシェンコのトランジションを非難していたから、『ほら、本人も認めた。どうだ、おれが言った通りだろう』という自慢をしたかっただけじゃないかな」

 しかしこの後、インマンのメールの内容は受け取った60人のパソコンの中だけに留まることにはならなかったのだ。


疑惑のメールが世界中に広がり、北米メディアが煽り立てた。

 メールが送信されてから2日後となる2月5日。フランスのレキップ紙がそのメール内容をすっぱ抜き「北米のロビー活動がスタートした」というフランスのフィギュアスケート連盟会長のコメントと共に掲載したのだ。欧州のフィギュアスケート界は、騒然となった。

 だがその報道が北米へ渡ってくると、論調はインマン擁護に変わっていた。

 2月15日のUSAトゥデイでコラムニスト、クリスティ・ブレナンは、「ジャッジが、ちょっと遅いヴァレンタインデイのプレゼントとして気前よくプルシェンコに5コンポーネンツで高い点数を与えたら、彼は五輪でも優勝してしまう可能性がある。だからこそ、インマンの疑問は関係者すべてが持つべきだ」というコラムを掲載。スポーツイラストレイテッドのE.M.スウィフトは「インマンはフェアな人物である。彼はプルシェンコ本人の言葉を単に引用したに過ぎない」とまるで本人を個人的に弁護するかのような記事を載せた。ニューヨークタイムズ紙にジェレ・ロングマンが執筆したコラムにいたっては、「個人(インマン)の無垢なメールに、フランス、ロシアが過剰反応をしている。冷戦は終わったはずなのに」という、一連の報道をからかうような論調となっていた。

 私は、どの記事の中でも言及されてはいなかったが、しかし非常に重要な事実がひとつあることに気がついていた。レキップ紙の記者はおそらく知らなかっただろうが、北米のスケート関係者なら誰でも知っている重要な事実。

 “メールを送ったインマンは振付師のローリー・ニコルの親友である”ということ。

 ニコルはアメリカ出身の振付師で、現在カナダのトロント郊外に住んでいる。ミシェル・クワンの振付を担当したことでフィギュアスケート界では非常に有名になった人物である。そして彼女は、インマンと協力しあって国際スケート連盟(ISU)で現在採用されている新採点方式の内容に深くかかわった経歴を持つ。

 そして、ニコルは今季、カナダ代表のパトリック・チャンのコーチを務めるほか、アメリカ代表のエヴァン・ライサチェクなど多くの北米選手のプログラムを手がけている。

抑えられたプルシェンコのトランジションスコア。

 男子SPの日、私はメディアルームでベテランのスポーツコラムニスト、ロングマンにこう聞いた。

「あなたはNYタイムズのコラムの中で、インマンとローリー・ニコルが親友同士だということに触れていませんでしたが、それはなぜですか?」

「それは重要なことではなかったからね」

「では立場を逆にしてみましょう。メールを送ったのがロシアのジャッジで、このジャッジが、プルシェンコのコーチの親友だったとしたら、重要なファクターにはならないのでしょうか?」

「……OK。それは重要なことなのかもしれない。でもそれが何なのですか。現に、プルシェンコはこうして1位でいるのだから別にいいじゃないですか」

 この会話を交わしたのは、男子SP終了直後のことである。

 確かにプルシェンコは1位だったものの、トランジションが6.80と際立って低かった。果たしてこれは正当な採点なのか、あるいはインマンのメールの影響がいくらかあったのだろうか。

 テレビのコメンテーターとして会場で見ていた本田武史に感想を求めると、こう答えた。

「他の選手がやっていたことと比べても、プルシェンコのトランジションの点は、かなり抑えられていたという印象でした」


共に完璧ではなかったプルシェンコとライサチェクのフリー。

 この日のプルシェンコの演技と欧州選手権でのSPの演技を子細に見比べてみると、3アクセルの着氷時にエッジチェンジを入れるなど、五輪では意識的にトランジションを増やしてきたのがよく分かる。しかし結果は、欧州選手権での評価点7.55に比べて0.75も低くなっていたのだ。

 SPでただひとり4回転+3回転のトウループを成功させたのにもかかわらず、3回転ルッツ+3トウループを跳んで2位だったライサチェクとプルシェンコの点差は、わずか0.55しかなかった。

 そして……プルシェンコはフリーで逆転された。

 その夜の彼は決してベストな演技ではなく、何度かジャンプの着氷でぐらついた。それでも4回転+3回転を成功させ、転倒も、着氷時のステップアウトなどの大きな失敗は無かった。

 一方のライサチェクは迫力ある演技だったが、普段のスピードに欠けていた。技術的にも決してベストではなく、3アクセルの着氷でちょっともたつき、3フリップではエッジが正しくないという減点もされている。SP、フリーを通して4回転に一度も挑まなかったわけだが、それでもライサチェクは逆転し、王座を奪った。

あのメールさえなければ連覇を達成していたかもしれない。

 インマンのメールが与えた影響は、いったいどれだけあったのかは分からない。ただ……このメール騒ぎがなければ、あるいは今回の五輪の舞台が北米でなければ、プルシェンコはおそらく五輪2連覇を果たしていただろうと、私は思う。

 勝利の瞬間、喜びにひたるライサチェクの横にピタリと寄り添って座っていた女性。彼女こそメールの送り主インマンの親友にしてライサチェクの振付師ローリー・ニコルだった(コーチはまた別にいる)。ライサチェク本人は何も後ろめたいことなどしてはいない。だが、プルシェンコは、完全に北米勢にはめられたのだという印象だけは、私はどうしても拭うことができなかった。