ものには段階というものがある!        

                  

              

こんにちは😊

セドナベアロッジの真澄です。


最近、

自分ファースト=自分を最優先

という意味の言葉をよく耳にする。


自分の好きなことをやる。

自分の生きたいように生きる。

自分を大事にする。

自分を愛する。


というようなことだと思うんだけど

何か違和感を感じる時がある。


実際、私もブログやコーチングで

「自分」という単語をよく使う。


「自分」のことをよく知り

「自分」の好きなことを選び

「自分」の人生を

「自分」で決めるのは

とても大事だと思う。


じゃあなぜ違和感を感じるのか?


それはもしかすると

日本人の国民性との

大きなギャップもあるかな。


それとタイミングの問題。


日本人はとかく

まわりの目を気にし

人に気を使う民族。

そして、自分を犠牲にするのが

ある意味「美」とされてきた。


例えば

ある女性がいるとする。

収入もそこそこあって

1人暮らしで

自由気ままに生きている。


いつ寝て、いつ起きて

何を食べるか。

どんなテレビを見て

いつお風呂に入るか。


100%自分の自由になっていたことが

結婚すると当然

自分の自由は50%になる。

子供ができると3分の1どころか

時間の半分以上を

子供に振り回されて過ごすことになる。

子供は子供だから仕方がない。

でも

もしもそこで旦那が相変わらず

彼の50%を守ろうとすれば

自分の時間(自由)は当然ゼロとなる。


良い妻たるもの

自分を犠牲にして

旦那や子供のために尽くす。


まあ、これが昭和の考え方だった。




昔、「ゆとり教育」というのがあったよね。

詰め込み教育は良くないとして

西洋の真似をして

ゆる〜いシステムを導入した。

 

でも

息抜きすら知らない(出来ない)国民に

いきなり「ゆとり教育」って😅

やっぱりそのいきなりは

無理があったのではないかな?



それと同じように

家庭や仕事に縛られ

自分の時間の作り方すら

知らない女性に

「自分の好きなように生きる」

ってのは

いきなりハードルが高すぎないか?



「自分の好きなように生きる」とは

自分のやりたい事だからと言って


乳飲み子を1日中預けて、

家庭のことも顧みず

ろくな計画も立てず

大きな借金をして

いきなり起業することではない。


ましてや、

そこに罪悪感が

見え隠れしてるのなら尚更。


人にどう思われるだろう

自分のしてることは

無責任ではないかな


心の奥底にある母性も

今、子供が

自分を必要としてることを

知っている。



そもそも

自分がやりたい事=家庭を持ちたい

だったから今があるんだよね。

それなら工夫して

上手くガス抜きしながら

そのやりたかった事を

暫くの間、楽しんでみてはどうだろう。


ものには段階というものがある。

タイミングというものがある。


嫌でも子供は成長し

徐々に親から離れていく😭



特に小さな子供を抱える

忙しいお母さんたち


先ずは、無理せず、

罪悪感なく

25%の時間を確保することから

初めてはどうかな。

最初は10%でもいい。


週末にカフェにでも行って

1-2時間ひとりになって


子供が保育園に行くようになったら

もう少し時間ができたら

ちょっとお金が貯まったら


「まず何から始めるかな。」

「そのために今、何ができるかな。」と


5年、10年先の自分の夢に向かって

ワクワクしながら

計画を立ててみてはどうだろう。


もしも、

今、自分のために

その程度の時間も作れないようなら

「自分の好きなように生きる」は

まだまだかなり難しいぞ。



以上、宿のオバさんの想いです。

最後までお読みいただきありがとうございました🙏