こんにちは。
セドナに住む現実派、ベアロッジの真澄です。
(↑ちょっと慣れてきた😌)
ずっと筆不精だと思っていたのに、
意外に書くことを楽しんでいる自分に
びっくりしています。
今、セドナはピークシーズンの真っ只中。
気候は今くらいが過ごしやすく最高ですが、
逆に人が多過ぎて、
駐車場もレストランも
どこに行ってもタイムロスが多く
この時期はあまりお勧めいたしません。
でも、日本では年度末にあたる時期だからか、
春のピークは日本人は少なめです。
当宿も今月はお客様の9割以上が、
アメリカ人(と、ちょっとカナダ人)という状況。
おかげさまで満室御礼で
忙しい毎日を過ごしているのですが、
逆にこんな時間のない時に限って、
(ましてや週末)
何か書きたくなるので不思議です。
オフの時期は、ウダウダ、ゴロゴロで
1日が終わってしまうのに。
というわけで、
気分が乗っている間に
書きたいことがあるうちに
ブログに飽きないうちに、
書いておきます。
前置きが長くなりましたが
今日は、私が思う「自己愛」について。
今でこそ、日本人も「愛」とか
「自己愛」という言葉を普通に口にします。
でも、私が日本に住んでいた
80年代前半の日本では「愛」というと、
歌謡曲か洋画の中でしか聞いたことがなく、
私にとって何となく嘘くさい感じがする言葉でした。
日本人が実生活で「愛してるよ。」って言います?
(今は、言うのかな……)
もちろん、
愛という意味は分かっていますし、
アメリカ人は「Love」を連発するので、
英語の単語には慣れていますが、
日本語の「愛」という単語は、
なんか未だにしっくりこない。
アメリカでスピの人に言わせると
「愛に対する抵抗があって、
愛を受け入れられないからよ。」
ということになっちゃうかもしれませんが、
多分そうじゃないんですよね。
意味はわかっているけど、
実感がなく
使いこなせてない言葉。
まるで、東京人が「おおきに。」
って言うのと似てるかも(笑)
(今どきは、大阪人でさえ言わない?)
だから、例えば「好きだ💕」とか、
いっそ、「めっちゃ好きやねん!」
と言われた方がキュンとくるかも。
そのくらい、
日本人にとっては、歴史が浅く、
「No!」と同様に、
馴染みの薄い言葉だと思えるのです。
ただでさえ、
「愛」という言葉がピンとこない私が
「自己愛」なんて言葉を使うと
更に何かこっぱずかしい😅 気がします。
でも、言ってることは分かる。
そこで、
「何か自分にしっくりくる表現は無いだろうか?」
と考えた結果、私が行き着いた答えは
「自分に関心を持つこと」でした。
自分は、何が好きなのか。
どうしたいのか?
そして、
なぜ、これにこだわるのか?
なぜ、こんなことに腹をたてるのか?
なぜ、この人が嫌いなのか?
自分に対して、
なぜなぜと突き詰めていくと、
自分のことが分かってきます。
何十年も自分をやってきてるのに
周りのことばかりに関心がいってて
自分のことは、何も分かっていない。
私が思う自己愛とは
自分に関心を持ち、
分析し
理解すること
そして、例えば
あの人に惹かれたのは、元カレに似てたからだった…
こんなに打たれ弱かったとは…
あんなことを未だに執念深く覚えてる…
だから、こんな反応をするんだ…
めっちゃ悔しかったんだな…
みたいに
自分のことを知れば知るほど、
理解が深まり
立ち上がろうとする生まれたての馬を見守るように
幼稚園初日の子供たちを見守るように
自分を俯瞰しながら
精一杯頑張ってるよなあ😭と、
愛おしく感じることができるのだと思います。
先ずは、自分に関心を持つこと。
私は、
「実は自分は意外と書くことが好きだったんだ」
ということを発見しました!
最後までお読みいただきありがとうございました😊


