私たちの事業、(中でも特に生徒同士による学び合い)の説明をしていると、たまに聞かれる質問が、「間違えて覚えちゃったらどうするの?」です。
中々鋭いな、とも思いますし、自然と「?」マークをつけることができている人なんだな、と思います。
ここで僕から新たな「?」マークを付けたいと思います。
「間違えて覚えることが果たして悪いことなのか?」
プログラミングの先生をしている友人と話していた時に、最近の生徒が「実行ボタンを押せない」という話を聞きました。
詳しく聞くと、どうやら実行ボタンを押してうまく動かないことが怖いらしい。
でもそもそもプログラミングって、組んでみてうまく動かない所を探していき、修正していく作業じゃなかったでしたっけ?
「間違えてはいけない」
そう教えられ続けると、「しっくり理解する」事よりも「間違えないこと」が優先されるようになってしまいます。
例えばA君が間違ったマップを作って、B君C君に教えたとしましょう。
B君C君は違和感があったり、よくわからなければA君に聞くことができます。
「ボーキサイトって何?」と。
でも聞かずに鵜呑みにしてしまいました。
(ボーキサイトとはアルミニウムの原料です。なので、鉄鋼資源が正解です。)
そしてB君C君がテストで間違えてしまった場合…
A君からしたら、とても反省するでしょう。「自分が間違えて教えたせいで友達のテストで間違えてしまった」と。そして「次は間違えないようにするにはどうしたらいいか?」と必死に考えるでしょう。
B君C君からしたら、
「A君が間違えて教えたせいで間違えた」と思うでしょうか?
きっと
「あの時なんか変だと思ったんだよなー。聞けばよかった」
と思うのではないでしょうか?
最近、ネットの影響力が問題になっています。
コロナ禍のトイレットペーパー騒動なんて最たるものですよね。
あることないこと、さも「事実」「当たり前」のように紹介されていて、鵜呑みにしてしまう。
それによってみんなが間違った方向に進んでいても、気づかない。
まさに、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」です。
でもほんとは危ないんです。それが第2次世界大戦だったと思います。
「そうは言うけど、ほんとに??」
その感覚を今の教育業界で鍛えてくれる所ってないんじゃないかと思います。
「大人が言うことでも正しいとは限らない。正しそうかどうかは『私』が決める。」
その一端でも掴んでほしいなと思っています。