私が農学部に興味を持ったのは2つ理由があります。

 

1つは留学先でホストファミリーの家の庭の水はけが悪く、ホストファザーと一緒に土を掘って土管を埋めたんですが、一気に水はけがよくなりました。こんなことも自分でやっちゃえるもんなんだ、とそこから土壌改良に興味を持ちました。

 

もう1つは将来就きたい仕事についてです。「海外」で、「人の役に立つ」仕事がしたい、できることなら国連や青年海外協力隊で働きたいと思っていました(ここは多分に母親の影響があると思います)。

 

そこで、土壌改良などが学べる「農学部」に行きたいということは早い段階から定まっていました。

 

「夢」について考えていることを少し。

 

もし10年後、自分が一番キラキラ輝いている姿を想像したときに、一体どんな場所で、周りにどんな人がいて、どんな音や声が聞こえてきて、どんな気持ちを感じているのか。それを想像してみるのが「夢」なんじゃないかと思います。

例えば、「半沢直樹」に影響されて(今回のもめっちゃ面白いですね)、会社に対してもモノを言える銀行員になりたい、とかアーティストとして人々を感動させたいとか。

 

流行りのものでも全然いいんです。そこには必ず自分のやりたいこと、信念、憧れの要素が含まれているからです。「半沢直樹」を目指す中で、もしかしたらその活躍する舞台が「銀行員」ではなく「学校の先生」になるかもしれない。でもポリシーや自分の考え方は同じはずです。この、漠然とした方向性のことを「ポラリス(:北極星)」と言います。

 

僕は「夢はなに?」と聞かれるのが嫌いでした。

正直「夢」を持っている人は羨ましいです。

でも自分にはない。そして「夢を持っているべき」という風潮があるように思ってしまう。

 

「夢」っぽいものを無理やり作っていた時期もありました。

 

でも「夢」や「やりたいこと」は然るべきタイミングで自然とすっと出てくるものだと思います。

それまでは、「何となく好き」「何となく心に響いた」ぐらいのものを「何となく」目指していけば、活躍するフィールドは変わることがあっても、大まかには方向性はずれてこないと思います。

 

アリやハチ、ひいては全ての動物にはそれぞれの役割があるのと同じで、「お金儲けは本気になれる人」や「社会貢献が一番大事という人」、「与えられた任務を遂行していくのが得意な人」、「自分で新しいことを作り出していく事が好きな人」など、興味や特徴は人それぞれ違います。

 

もし「言われたことをしっかりこなすのが得意な人」に「起業家になれ」と言ってしまうと、その人の良さも発揮されないまま、そして最悪の場合「ダメなやつ」と烙印を押されてしまいかねません。逆に例えば孫正義さんやスティーブ・ジョブズが公務員だったとしたら、「できないやつ」と言われていたかもしれません。

 

身近な「好きなもの」を頼りに、「自分らしさ」を見つけていくこと。それが受験において実は一番大事なところなのではないでしょうか?

 

ちなみに私の興味のある事と、何でそれに興味があるかをマップにしてみたものを載せておきます。

 

私は「自由」や「冒険」、「人と深くかかわる」、「人前に出る」事が自分の「真ん中部分」=「自分らしさ」なのかなと思っています。