SNAILISM

SNAILISM

立教大学 GL201という授業のチームです!
【メンバー紹介】
せりあ
ぴょる
みわ
そん

Amebaでブログを始めよう!

前回の続きです!
👇読んでもらえると嬉しいな👇




人間は

「対話」と「パラタイム(枠組み)」で

現実を理解している

とのことですが


どうしてオーストラリアで

「対話」重視の教育が始まったかというと
(対話=対話にかかわらず、物語のこと)

それが
アボリジニの教育方針だったんですね!

{3E327863-F504-40CD-A028-890CBFE71D09}



先住民の世界では
学校制度はないので


先祖から受け継ぐ「 物語」 を
厳しい自然を生き抜く道具として
教育に使っていたんだそうです。


民族の教訓だったり、自然への接し方だったり


自己と共存する他者、
それらの舞台となる場所を

物語を通じて学んでいたんですねー!


物語を通すことで
自分ではないなにかに焦点を当て、
中心に持ってくる。

この世界の主人公は
自分だけじゃなくて
たーーーくさんいる!!


この学び方を
ストーリースレッド
というらしいです。




子供の頃読んだ
児童文学ってこういう意味があったのかも
しれません。


本のなかで

自分とは全く違う
動物とか
外国人にも喜怒哀楽があることとか


自分では考えつかないような
卑しい人
崇高な人に出会うことで



別の角度からの見方を
可能にしてもらった、と
翻訳者の清水真砂子さんは言います。



児童文学って
文学のなかでは
あまり相手にされない分野かもしれないけど



これも現実を理解する
ひとつの方法ですね。



それから
児童文学ってたいてい
ハッピーエンディングで終わります。


これにも意味があるらしくて




肯定することは

否定することより

エネルギーがいることで



不幸に嘆くことは誰にでもできるけど



自分の幸せを受け止める力を

児童文学こそは持っている!!!!


ふかい!



前回の聖地巡礼から
だいぶ話が逸れましたが


まあとにかく

物語のエネルギーは計り知れないです。



だから私は大学生になっても
冒険の話とか
魔法の話が好きなのかもなーと

思いました。


これも勉強なんですね!




まとまらなくなっちゃったけど



春休みはたくさん働いて

5月か6月に

大好きな赤毛のアンの舞台

プリンスエドワード島にいこうと

企んでるそんでした。
{45776473-864E-4118-B0E2-D3BBBF2855A3}



おやすみなさい!