不倫というシチュエーションの中で
私は究極の「愛の欲求不満」に陥っていたようだ。
とにもかくにも私は「電話魔」だった。
彼と一緒にいられない時間
子供が寝静まって一人になった時間
胸の中のさまざまな思いが膨らみすぎて耐え切れず、
「電話」
をする。
「ばついち仲間。新たな恋愛中」の友達と
お互いの胸のうちを語り合い、
朝方になる事もしばしばだった。
電話ばっかりしていた。
彼の携帯へも異常なほど電話した。
特に「日曜日」はひどかった。
声が聞けなくても、電話をしたかった。
逢いたかったが、逢えないから・・
電話をするしかなかった。
そして、留守電の「メッセージをどうぞ、ピー」の直前で切った。
メッセージは、よほどでない限り入れなかったが・・。
それを、何度も何度も繰り返した。
一歩間違えば「ストーカー」だ。
ほとんど「病気」だった。「欲求不満」と言う名のね。
愛が欲しかった。安心が欲しかった。
でも、彼のくれる愛は、私の欲しかった「愛」と違った。
それでも執着していたのは、
「身を焦がす恋」「身を削る恋」に没頭してみたかったのかもしれない。
そして、行き着くところまで、行き着いてみたかったのかもしれない。
今私は、旦那様と離れて暮らしているが
不思議なくらい「電話依存症」がなくなった。
むしろ逆で・・別居になってからは
やきもち焼きの旦那様を心配させないように
友達との付き合いも遠ざけているくらいだ。
(付き合いで出かける事が増えると、身辺さわがしくなり
旦那の心配も増えちゃうだろうから^^;)
別居の寂しさはあるけれど、心は満たされているように思う。
だから、日々落ち着いて過ごしていられる。
独身時代は・・ずっと、心が「思秋期」だった。
(この表現があってるかどうかは自信なし)
いつも、ざわざわして、
いつも、何かでパンパンだった。
鋭く細いピアノ線のような状態・・。眠れない夜ばかりの日々だった。
今は、そういう感覚がまったくなくなった。
地引網のロープとか、そんな感じのものに形を変えたのかも。
でも、それと同時に、自分に備わっていた「感性」みたいなもの
(うまく言えないけど)が麻痺してしまったようにも思う。
鈍感になった。
もしくは、見ないよう、感じないようバリアをはってしまっているのか。
定かではないが・・。
相手の気持ち、もしくは自分の気持ちを「真正面」から受け止める事を、
避けているような気がする。
ぶっちゃけて言えば「面倒な事を避けている」わけだ。
「心に悩みをかかえる」事をしたくなくなった。
だから、「見ないふり」をするようになった。
これは、ある意味「守り」にはいったって事なのか??
結婚前の自分と結婚後の自分の「違和感」の原因は、
もしかしたらそこらへんにもあるのかもしれないなぁ。
■この記事、何度も書き直していたら・・
なんだか、自分でもわかんなくなっちゃった。
もう、これ以上深く考えるのは・・やめよ~。
私は究極の「愛の欲求不満」に陥っていたようだ。
とにもかくにも私は「電話魔」だった。
彼と一緒にいられない時間
子供が寝静まって一人になった時間
胸の中のさまざまな思いが膨らみすぎて耐え切れず、
「電話」
をする。
「ばついち仲間。新たな恋愛中」の友達と
お互いの胸のうちを語り合い、
朝方になる事もしばしばだった。
電話ばっかりしていた。
彼の携帯へも異常なほど電話した。
特に「日曜日」はひどかった。
声が聞けなくても、電話をしたかった。
逢いたかったが、逢えないから・・
電話をするしかなかった。
そして、留守電の「メッセージをどうぞ、ピー」の直前で切った。
メッセージは、よほどでない限り入れなかったが・・。
それを、何度も何度も繰り返した。
一歩間違えば「ストーカー」だ。
ほとんど「病気」だった。「欲求不満」と言う名のね。
愛が欲しかった。安心が欲しかった。
でも、彼のくれる愛は、私の欲しかった「愛」と違った。
それでも執着していたのは、
「身を焦がす恋」「身を削る恋」に没頭してみたかったのかもしれない。
そして、行き着くところまで、行き着いてみたかったのかもしれない。
今私は、旦那様と離れて暮らしているが
不思議なくらい「電話依存症」がなくなった。
むしろ逆で・・別居になってからは
やきもち焼きの旦那様を心配させないように
友達との付き合いも遠ざけているくらいだ。
(付き合いで出かける事が増えると、身辺さわがしくなり
旦那の心配も増えちゃうだろうから^^;)
別居の寂しさはあるけれど、心は満たされているように思う。
だから、日々落ち着いて過ごしていられる。
独身時代は・・ずっと、心が「思秋期」だった。
(この表現があってるかどうかは自信なし)
いつも、ざわざわして、
いつも、何かでパンパンだった。
鋭く細いピアノ線のような状態・・。眠れない夜ばかりの日々だった。
今は、そういう感覚がまったくなくなった。
地引網のロープとか、そんな感じのものに形を変えたのかも。
でも、それと同時に、自分に備わっていた「感性」みたいなもの
(うまく言えないけど)が麻痺してしまったようにも思う。
鈍感になった。
もしくは、見ないよう、感じないようバリアをはってしまっているのか。
定かではないが・・。
相手の気持ち、もしくは自分の気持ちを「真正面」から受け止める事を、
避けているような気がする。
ぶっちゃけて言えば「面倒な事を避けている」わけだ。
「心に悩みをかかえる」事をしたくなくなった。
だから、「見ないふり」をするようになった。
これは、ある意味「守り」にはいったって事なのか??
結婚前の自分と結婚後の自分の「違和感」の原因は、
もしかしたらそこらへんにもあるのかもしれないなぁ。
■この記事、何度も書き直していたら・・
なんだか、自分でもわかんなくなっちゃった。
もう、これ以上深く考えるのは・・やめよ~。