娘を連れて、遠く金沢に嫁いだのが平成10年10月10日。


再婚夫婦の私達は、出会った時から
父親と母親。
全てのしがらみを捨てた「そのまんまの自分」同士で
向き合う事がなかなかできない。

普通に出会って、恋愛して、そして結婚
っていうパターンなら、もっと歯車がかみ合うのだろうが
なかなか上手に歯車が噛み合わない。


そして、幸か不幸か2人して「ひかない性格」。
そして、「人間ができてない」。

ぶつかり合うと最悪で
すさまじい夫婦喧嘩が勃発する。

喧嘩の原因の根本はいつも同じ。

「やきもち」

時にはそれが、前の奥さんの事だったり
逆に私の過去の彼氏の事だったり

それから、子供達。


結婚前までは、お互い親一人、子一人。
多分片親の家庭はどこも一緒かもしれない。
いろんな意味で親と子の絆が異常に強い。

片親の親は、時には母親になり、時には父親になり
そして時には相棒となり、
子供に癒しを感じ、子供がささえとなる。

この関係が、「やきもち」の原因にもなったりする。

歴史がない夫婦は、それぞれの親子の「歴史」にやきもちをやく。
そこに、自分がいない事を寂しく思う。

そんなさまざまな「やきもち」が喧嘩を引き起こす。


そりゃもうすごい。私達の夫婦喧嘩は。
はっきり行って、行き着くところまで行き着くほど
徹底的にやる。

言葉の暴力、本当の暴力。

殴り合いもした。血が出るほど噛み付いた事もある(笑
当たり前の事だけど、女は体格も力も男より劣るから
気持ちで勝つしかない。死ぬ気で戦った。

目のまわりに青あざができて、医者に通った事もある。
頭に大きなたんこぶできて、脳外科行ってCT撮ったこともある。


(余談だが・・暴力に関しては、旦那は多分わたしに
手を上げることはもう二度とないであろうと思う。
最終的には、彼が私の気迫に負けたから(笑))





夫婦喧嘩の時は、子供達は本当にかわいそうだった。


楽しいときは「とびきり楽しい家庭」
嫌なときは「とびきり最悪な家庭」

それが、私達ステップファミリーの実状だった。

そして、楽しい事より、最悪な事のほうが多くなってきた時
娘が、限界に達した。
「帰ろう」
と、泣き続けた。


喧嘩をしないためには、いちいち気にしない事。
気分を切り替えること。

わかっているのに、どうしてもできない、どうしょうもない状態。

なんだか疲れ果て、「帰ろう」に逆らう気力もなく
そのときは、旦那も辛さから逃げに走った。
毎晩パチンコへと出かけていくようになってしまった。


「喧嘩をしないためにはどうしたらよいか」
向き合って、心を合わせて話しあう事がその時の2人には
できなかった。お互い。心が疲れきっていた。


そして、自分でもなんだかよくわからないまま

東京へ戻る母と娘。そして、1歳のチビ息子。
金沢にそのまま残る父と長男


別々の暮らしをする事になってしまった。

旦那と抱き合って、2人で泣きながら、
苦しくて、悲しくて、胸が痛くて仕方ないのに
それでも、なぜか、あの時離れ離れになる事を選んでしまった。


あの時、ふんばって、とどまるための努力をしなかった自分を
今でもすごくすごく後悔している。後悔し続けている。


それでもあれから、もう4年。離れ離れながらも
家族の歴史ができて、夫婦の歴史ができて
悩みはたくさんあるものの、まだまだ喧嘩はするものの
だんだんと、だんだんと
歯車が噛み合ってきているんだと、信じたい。


普通の家族とは違うけれど、私達なりの「家族の形」
離れ離れで、形もあるような、ないような。

それでも、ちゃんとできている。
家族の絆。

血のつながらない父と娘の絆。
血のつながらない母と息子の絆。
血のつながらない兄と妹の絆。
半分しか血のつながらない、幼い弟との絆。

そして、大人になりきれないダメダメ夫婦の絆。



まだまだ先はみえないけれど・・・
こんな状態でいいわけがないのだけれど・・・
金銭的な事情や、子供の生活等で
どうにもこうにも、動けなくなってしまった。



いつか、いつか
2人より添って、仲良くいつも笑って一緒に生活したい。
そして
「つー」といえば「かー」とかえってくるような夫婦になりたい。


未来が真っ暗な気がして、落ち込む日も多いけれど・・
希望をもって、あきらめないで、日々を過ごしてゆきましょう。

がんばろうね。お父さん!!